偶像崇拝


 『くりすます』の宴が始まり、贈り物も終えた。
 あとはだらだらと食べて飲んで話して笑って夜を過ごす。
 二百人以上に贈り物をするのはなかなかに大変で、私は縁台に一人座って食べている。
 気を遣って食べられないだろうと、皆の配慮である。
 決してボッチなのではない。本当である。
 その証拠にフウマコタロウがこちらに近づいてきて──しかし見回り担当が何の用だろう。
 私は箸を置いて背筋を伸ばした。

「独神ちゃん、良い?」

 少し横へずれるとコタロウは拳一つ分空けて座った。

「どう? 今日は」
「楽しいよ」

 楽しめている。私が見る範囲で何ら異常はない。
 悪霊の潜入を危惧していたが、英傑達も酒を浴びて騒いでいるようでちゃんと目を配っている。
 今のところ報告はない。

「じゃあさ、抜け出そうよ」

 何を言っているんだこの人。

「駄目でしょ。散々危ないだろうって言ってたのに」
「僕が守ってあげるから大丈夫だって」
「許可できない」

 多くの者がこの祭りが無事に終わるようにと動いていて無下になど出来るはずがない。
 ……誘い自体は歓迎なのだが。

「えー。じゃあ、敷地内にするよ。だったら良い?」

 難しいところである。
 敷地内は結界内部になる為、通常敵は入ってこられない。
 偶に本殿に紛れ込んでくる悪霊たちはいつも日中に現れている。
 それは他所の土地からの来訪客の為に結界の強度を下げているからだ。
 今夜は外部の者の行き来が多いが、侵入口を限定し、周辺には警護として英傑を何人も配置している。
 勿論本殿内にも警護を配置している為、これを突破するのは至難の業。
 逆に言うと今日は平時より安全性が高いとも言えるが……いや駄目だ。

「悪いけど……」

 と言うと、コタロウは口を尖らせながらも、

「そっかー。独神ちゃんがそう言うなら仕方ないよねー」

 と足をぷらぷらと振った。幼児のような仕草が申し訳なく思った。

「いーのいーの。判ってるって。独神ちゃんは気にしないで」

 気付かれた。気遣われた。

「あーあ。そういえば今日って聖夜? って言うんでしょ? 僕にもしんせーでとーとい夜が来るってこと?」

 それは全く判らない。
 アスガルズの文化はいくつも触れたが、その背景や成り立ちなどは殆ど知らない。
 私たちはいつも、楽しそうなものをなんでも受け入れて自己流に改良してきた。
 単純なのだ。酒とご馳走さえあればいいと大部分が思っている。
 特に昨今は悪霊騒動のせいで気分が沈みがちだ。戦闘による心身の疲労もある。
 何かを楽しみにして過ごさないと気持ちが続かない。
 まだまだ戦いは続くのだから。
 ところで、本当に聖なる夜とはなんなのだろう。
 良い事がある、という解釈で良いのだろうか。
 コタロウにとって良い事とは……。

「例えばだけど、私と付き合えることかなあ」

 なんて言うと。

「あはは。冗談きっついなぁ」

 などと言うので。

「そんな言い方はないんじゃない?」

 と返した。
 どうせ適当なことが返って来るだろうと待っていたのだが。

「独神ちゃんってそういう所残酷だよね」

 コタロウの目は座っていた。即座にいつもの無害な顔に戻る。

「そうやってチラチラ見せつけて、純情な忍ゴコロを弄ぶなんてイケナイ主だね~」

 おどけて言うものだから、私は逆に真剣に返してやった。

「冗談でもなんでもないんだけど」
「えー、本当? うっそだー」
「嘘じゃないって」

 目をじーっと見ていると、コタロウは蝋燭の火のように表情を消した。

「……嘘じゃないならさ、手とか繋いでも良いの?」
「どうぞ」

 手を出した。なのに手を握ってこない。

「あ、そう……」

 コタロウはじっと見ている。私の手を。
 そしてシロやマカミが『お手』をするように、私の掌にのせた。

「なぁんだ。案外呆気ないね」

 手に目を落とした体勢のままのコタロウは少し寂しげだった。

「何を期待してたの」

 揶揄してみると、コタロウは急に力説し出した。

「だって独神ちゃんの手だよ? それも僕をそういう目で見てるって言った独神ちゃんだよ? みんなのこと大好きーな独神ちゃんじゃなくて」

 意味が判らない。
 つい口から出そうだったが耐えた。

「こんなこと出来たら、きっと幸せで死んでも良いと思ってた。でもやってみるとそうでもないね」
「大した事無かった?」

 所詮手を繋ぐなんて子供でもやることだ。

「大した事あったよ。だから一回触った程度で死ぬのは嫌かなって」

 お手、をやめたコタロウは赤髪をちらと揺らしながらその長身で私を下から覗き込む。

「本当に僕を特別な一人として見てくれるの?」
「そうだよ」

 ふうんと言って目を細めた。

「良かった。早速今日飽きて捨てるってことはなさそうで」
「あのねえ……」

 溜息で咎めるとコタロウは悪びれもなく言う。

「だって忍は使い捨て。風魔の頭領とはいえね」
「使い捨てなんかじゃないよ」
「あはっ。変な顔」
「はあ……」

 強く否定したのだが本気にはしてもらえなかったのだろう。
 いつも中身のない笑いで流されてしまう。
 それはひどく残念だった。

「好きだよ。そういうとこ」

 コタロウははにかんでもう一度言った。

「馬鹿みたいに甘ったるい事を真剣に言う独神ちゃん、僕は好きだよ。とっても」

 悪口じみた褒め言葉が照れ隠しであると知っている。
 普段は調子の良い事や、相手が気に入りそうな言葉を使うコタロウだが、本当は口が悪いのだ。
 相手によってころころと態度を変える様子は見ていて面白い。
 話している最中に二人のひとと接しているようでお得感がある。

「あ、コタロウと恋愛関係になった事は明日皆に言うから」
「え!?」

 いつもと違って本気で驚いているのだろう。
 声の上げ方が全く違った。素になると忍も普通の人と変わらない驚き方なのだ。

「本当は二人できちんと伝える方が良いんだろうけど、何が起こるか判らないから離れた位置で様子を窺ってて」

 決して自慢ではないのだが、英傑たちは私を大切にしてくれている。ありがたいことに。
 その度合いは英傑によって異なり、何人かは私が特定の相手と深い仲になることに意を唱えるだろう。
 最悪武器を振り回して暴れまわる事もありえなくはない。

「いやいやいや、本気……?」
「どうして?」

 まあ驚くのは判らないでもない。
 本殿が壊れない程度に暴れてもらえると助かるのだけれど。

「だって相手は僕だよ? 僕なんかと付き合うって本当に言っちゃうの?」
「隠す方が変じゃない? こんな家族みたいに生活してて」
「いやー……そんなこと思っているのって極々々々一部だと思うよ」
「大丈夫。最初は驚くだろうけど寝れば慣れるよ」

 コタロウは眉を潜めて身体を引いた。
 「うわあ……」という透明な声が聞こえる。

「独神ちゃん。常識の方は頭にちゃんと入ってる?」
「毒舌元気だねえ」
「僕は忍だよ。地位は最低で人として終わってる」
「はいはい。英傑に地位の差異はない。人として終わっているというのは君の主観に過ぎない。だから問題はない。……これで良い?」
「……独神ちゃん、友達は選びなさいって言われなかったの?」
「言われなかった」

 呆れきってしまったのか、コタロウは黙って肩を竦めてしまった。

「そうだったね……そういう独神ちゃんだから僕なんかでも平気なんだもんね」
「その”なんか”ってやめたら?」
「僕もね普通は貶めやしないよ。僕の忍としての能力が高い事には違いないし。気に入らない奴はいつだって首を撥ねられる自負もあるしね。でも相手が独神ちゃんなら話は変わるよ。独神と忍なんて……月と鼈じゃ言い尽くせないよ」
「じゃあ明日はそういうことだからよろしくね」
「ねえ聞いてた?」
「聞いても予定は変えないよ?」

 次々と意見をへし折った結果、ようやくコタロウが声を上げて笑いだした。

「はいはい。こうさ~ん! やっぱり独神ちゃんは最高の主だ!」



(20211231)
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【あとがき】

 おちゃらけているけれど本当は不安でたまらない。
 大事だから。憧れているから。
 自分で穢せない。