大事にしすぎないで


  宴というのは、戦闘時とは異なる顔ぶれが本領を発揮する重要な機会だ。
 今回も、特大岌希から現れた歪栖cortとTNGによる新曲発表を皮切りに、様々な英傑が『くりすます』を盛り上げる為の催しを披露した。
 二日前に参加を決めた者から、半年も前から準備を進めていた者、と気合の大小はあれど、そのどれもが参加者を楽しませた。
 今回は思い切って外から人を招いて良かったと心から思う。
 活発になった悪霊の動きを危惧し今年は開催中止の話も出たが、英傑と周囲に住まう皆の協力により今年も無事開催する事が出来た。
 悪霊と戦を初めて早五年。しかし戦況にあまり変化はない。
 それでも見捨てることなく応援してくれる人々やついて来てくれる英傑達には感謝しかない。
 こういう所で、少しでも還元出来たらと心より思う。

「主!」

 カグツチが長い三つ編みを揺らしてやってきた。

「スッゲー良かったな! なんか前よりもっとドガーンって派手でさ! 飯も美味いし酒も美味かった!」
「途中綺麗な山岳に飛ばされたと思ったけど、あれってバクなんだってね。幻覚というか私たち半分寝てたらしいよ」
「じゃあオレは夢の中で見てたのか!? じゃあそれまでに食った飯も夢?」
「そっちは現実」

 感想を言い合いながら、私たちは自然な流れでカグツチの部屋に入った。

「ヤベッ! その辺適当に座ってくれ!」
「ああ、私お酒取りに行くから」
「じゃあ主のとこだけ片付けとくな!」

 こうやって祭りが終わると二人で飲み直すことが多い。
 だからといって、私たちは特別距離が近い相手というわけでは無い。
 カグツチはお伽番になることがなく、過ごす時間も他の英傑と殆ど変わらない。
 きっかけは一年目、宴の後多少飲み足りなかった二人が出くわし流れで飲み明かした。
 カグツチと腹を割って話したのはあれが始めての事だった。カグツチも普段は聞きにくい事を話してくれ、私もまた普段は言えない愚痴を零した。なんとなく言いやすい相手だな、とその時に知った。
 二年目、三年目にも多くの祭りを行ったのだが他の人も混ざって大所帯になったっけ。
 四年目にあたる去年は二人きりが多かった。
 毎度二次会は何人かで飲んでいたのだが、解散後なんとなく二人で三次会にもつれ込んだ。
 だから、二人だった。流れでそうなった。

「もう五年目だとよ」

 カグツチは盃を傾けた。

「随分経ったね」

 独神の私がこの戦に参入して五年経ったが、界帝と呼ばれる者の顔は未だ拝めていない。
 次から次へと幹部たちが現れていて、終わりは見えそうになかった。

「皆にはまだまだ苦しい生活を強いることになる」

 皆とは、英傑のみならず、この世界に住む民たちである。

「いいや。マシになっただろ。主が現れるまでもう死ぬしかねえってとこまできたんだぜ」

 絶滅の危機に瀕していた八百万界。
 今は少しずつ出生数が上昇していることが報告されていた。
 ただそれは人と妖に限ったことで、神族の方は今尚減少中である。
 元々子を成すことが少ない神族。土地の力が失せ自然が消える続ける現在、自然神は殆ど産まれない。
 代わりに新たな観念神が産まれそうだと、マガツノヒノカミが笑いながら言っていた。

「オレたち全員、この戦が早々終わるもんじゃねえと最初から思ってる。五年程度じゃまだ始まりってとこだろ。神同士の戦いなんて数百年数千年が普通だぞ」
「神族はなんでも長いなあ……」

 気を遣ってくれていることに慰められる。
 八百万界の平穏を取り戻す為だけに存在する私だが、その生に疑問を持つこともあった。
 迷いながらも使命を投げ出さなかったのは周囲の英傑達や、こうしてカグツチが支えてくれたからだ。
 私という個人を必要としてくれる実感があったから、私もまた英傑としてではなく、個人として好意を寄せるようになったのだろう。

「長いといえば……うちの……アレとイザナミが…………。なんか、こう、元鞘に戻りそうで、破綻したな」
「ああ……。そういえば」
「はぁ。……いやもう、どっちでも良いんだけどよ、どっちかになってくれた方が、な」

 カグツチの両親にあたる、イザナギとイザナミは未だに離婚調停中である。
 このまま別れると周囲は思っていたようだが、黄泉の国にいたイザナミが本殿にやってきた事で関係に変化が訪れた。
 最初は顔を合わせる度に悪口を言い合っていた二人。
 一年経って顔を背けるだけになった二人。
 周囲は二人がよりを戻す事を良しとした。
 しかしカグツチは少し違った。

「今更何も聞きたくねえんだよなあ……。アレが目に入るだけでもムカつくってのに」

 進展も停頓も望んでいない。

「そっか」

 私はどう転ぼうと構わないので簡単な返事止まりにしている。
 あの二人は仲が悪いと言われているが、共に討伐へ派遣しても結果は出すし、任務に支障をきたしていない。
 だったら独神が関与することはない。

「主はさ、変わんねぇでくれよ」

 カグツチはそう言って、はははと笑う。

「オレとこうやって来年も遊んでくれ」

 それは勿論、と答えようとすると、

「もし……、他に過ごしたいヤツが出来たら教えてくれよな。邪魔とかしたくねえしさ!」

 眉尻を下げながら笑って付け足した。
 私は一旦言葉を呑み込んで、少し思考を巡らした。

「過ごしたいひとはずっといるよ」

 何気なく、さらっと、伝えてみた。
 カグツチはやはり頬を引きつらせて目を泳がせた。

「……はは。そっか。そうだよな。……悪ぃ。気ぃ遣わせちまって」

 案の定席を立とうとしたので、私は尋ねた。

「なんで自分以外だって決めつけちゃうの……?」
「あ? 他にいるって主が言ったんだろ」

 投げやりに言って逃げようとする。
 私は言葉を続けて放った。

「他に、とは言ってないじゃん」
「でも過ごしたいヤツはいんだろ!」
「だから今年も一緒にいたでしょ」

 カグツチは今一度私に「はぁ?」と不信と疑問の混ざった返答をした。
 それが次第に、ただの疑問へと変化していく。

「……ん? どういう事だよ。なんか言ってることおかしくねえか……?」

 まだ気づかないので、仕方なく説明してあげることにした。

「私はカグツチと一緒にいると元気出るよ。明るいし裏表がないところもありがたいと思ってる」

 まだぽかんと間抜けな顔をしているが続ける。

「カグツチって明るいわりに自分に自信ないでしょ。言っても信じてもらえないと思って言わなかった。友達でも十分楽しいしね」
「ちょっと待った! やっぱり意味判んねえって!」

 鈍感な奴である。

「だって、それだと、オマエがオレのこと、友達と思ってねえみてぇじゃん」
「友達と思ってたのはカグツチだけだったろうね」
「だああもう! それもおかしいんだって! オレは主のこと、主だけど『主』じゃないっつーか……でも友達とも違うんだよな……だからその……オレは……」

 カグツチは段々と言い淀み、表情も赤くなっていった。

「ずりぃ!! 主! またオレをハメやがったな!! わけわかんねぇ術使いやがって!」
「使ってないよ」

 術を使うまでもない。
 これはカグツチが単純過ぎるだけである。

「だって、これ、オレが主を好きって言うしかねぇ状況だろ!!」

 いいや。言わない選択肢もあった。
 けれど、気づかないまま言ってしまった。
 他の英傑だったらこうはいかない。
 私はカグツチのこういう単純な所が好きだ。
 素直で判りやすくて、安心する。それに……からかうと面白い。

「オレ、主がスゲー好きだ!!」

 さっきも聞かせてもらったが、改めて聞かせてくれた。
 素直に気持ちを口にできる所が羨ましい。
 それに私は救われたような気持ちになるのだ。

「……で、主はどうなんだ? ……オレといて嫌じゃないのか?」
「嫌じゃないよ。だから二人になる機会が欲しくて、宴の後はいつも付近をうろついてた。それをいつもカグツチは偶然と思ってくれたよね」
「のわっ!? そんなことまでしてたのかオマエ! スゲェ……全然気づかなかった」

 毎回賭けだった。
 確実な約束なんてしていなかったから。
 すれば早いのだろうが、断られるのが怖かった。
 下手に近づきすぎると周囲からあやしまれてしまう危険性もあったから、当日偶然を装うのが一番だったのだ。

「……じゃあ、オレが主を触っても良いのか?」

 …………。
 その言葉が何を意味しているのか判らず、ぐるぐると考えていた。
 すると慌ててカグツチが首を振って、

「ち、違え! そういうのじゃなくて、指とか髪とかそういうことだっての!」
「その奥ゆかしさが逆にいやらしい」
「あ゛ぁ゛!?」

 私の指も髪も、普段から英傑達に触れられている。
 なんの特別性もないのに、どうしてこう遠慮がちなのか。

「……本当にオレでいいのか? 後悔しない、か……?」

 自信なさげな情けない姿にはっきり言ってやる。

「こっちは何年も片思いしてるの。その時間を馬鹿にすんな」

 ここまで言って、ようやく理解して貰えたのだろう。

「そっか」

 カグツチはうひゃひゃっと笑った。

「ねえ、どうして今年は二人でいられたと思う? 去年は最初誰かがいたでしょ?」
「そういや主の前に声かけた奴は約束があるとかなんとか」
「ね。上手い事二人になれたでしょ」
「ああ、そうだな」
「……え? 気付かない?」
「何をだよ。先約があったなら普通だろ」

 どうやら私がコツコツ育ててきた根回しには気づきそうにない。

「今年で丁度節目でしょ? だから、今までとは違う事しようと思って。今日は好きって言う気だったの」
「オマエ、そんなこと考えてたのか!?」
「カグツチとはやりたいことはこの五年であらかたしちゃってたからさ。新しいことをするなら、私たちの関係から変えるのが一番だと思って」
「オレは……主がここにいるなら変わんねえし、恋人がどうとかはどっちでも」

 ああもう、じれったい!

「カグツチは、私と物にしちゃうのと、しちゃわないのどっちが良いの!」
「主は物じゃねぇじゃん」
「そうだけど!!!!!」

 真面目に返されてしまうと私もお手上げだ。

「主がオレを気にしてくれるなら十分だ」
「それだけ!? それで十分なの!? 本当に!?」

 詰め寄っていくとカグツチが目を泳がせて「いや」とか「でも」とか言い出した。
 宙を泳いでいた視線が少しずつ私に戻り、私の身体をぐるぐると徘徊する。
 そして、手が伸ばされた。
 頬だった。
 軽く撫でる。
 次は耳たぶ。
 くすぐったい。
 私はもうその気になっていたのに、カグツチは私から手を退けた。

「主は今オレにされてて嫌じゃねえの? オレは主に勢いとか、ノリで適当にしたくねえけど。どっかの馬鹿みてえに、大事なひとを傷つけるようなことはオレは絶対嫌だからな」

 イザナギの事を口にしたことで勢いがついたのかどんどん饒舌になった。

「あれだけイザナミちゃんつって言い回ってた奴が、黄泉のイザナミをみつけても気づけねえ、バケモンがイザナミと判っても謝らねえ、そんなのおかしいだろ!! オレはあんな奴みてえには絶対ならねえ! オレならもっと、好きな奴は大事にするし、意地もはらねぇ! 黄泉に行ったって迎えにいくし、駄目でもオレが黄泉の住民になってやる! 可愛いから主がいいんじゃなくて、オレは主とこの先ずっといてえから好きなんだ!!」

 がなり声が耳に痛かったが塞ごうとは思わなかった。心地良いくらいだ。
 姑息な自分には勿体ないくらい、真っ直ぐ自分に届いた。

「……ごめんね。カグツチの考えを踏み躙るようなことして」
「いや! オレもさ、ホントは主のことちょっとやらしい目で見ちまうっつーか、ちょっとでもねえんだけど、今日いきなりは、な」

 私はカグツチの考えに賛同し頷いた。

「お互いに好きって知った後だし、一年くらいは今みてえにちょっと手を繋ぐまでにして、口吸いは五年くらい後にして」
「へ、へえー…………」

 ……神族って恋愛の歩き方も長いんだなあ。
 カグツチはにこにこしながらこれからの計画を立てているけれど、きっと無駄になるだろう。
 私はきっと欲しがることを我慢できない。



(20211231)
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【あとがき】

 大事に大事にしてくれると思います。
 両親を反面教師にして。