────最近、面白い事がない。
何かをしようと動けば、
「また何か企んでるんだろ」と早々に気付かれ。
実際に何かをしてみれば、
「どうせお前だろ」と最初から疑われ。
皆も慣れてきたのか一切驚いてくれなくなってつまらない。
新たに作り出した「黒幕仮面」という人格も、早々に慣れてしまったようだ。
「どうせフツヌシ」の異口同音に紡がれるその言葉に飽き飽きしている。
愉快な事を得るには、今までとは違った行動をせねばなるまい。
例えば……。私の目の前をふっと駆けていく忍。
多分情報収集だろう。
だったら、それを邪魔してみてはどうだろうか。
きっと主は怒るだろう。どれくらい怒るのか。どんな怒り方をするのか。
少し、いやかなり興味がある。
不意を突くのだ。それも仲間と思っている相手からけしかけられる。
手加減をしてやらねば。死んでしまっては困る。
主の手足として動いているのだから、一応四肢は残しておいてやろう。
となると、真ん中の胴体かな。狙うなら。
「っ! 貴様!」
「ああ。やはり、よく気が付く」
私を敵と認識したサルトビサスケ殿と本格的にやり合っていると、他の英傑たちが騒ぎに気づいて私たちを強制的に止めた。
そして二人仲良く主の前に差し出される。
主は私を見ると目を逸らして、サスケ殿に説明を求めた。
「……それで、襲われたってわけね。なるほど。フツヌシも、それで間違いない?」
「ああ、彼の言うとおりだよ」
「じゃあ、サスケは下がって。頼んだ任務は別の人に頼むから」
「頭、問題ない。予定通り俺が行こう」
「判った。ならお願いね」
すぐさま任務に戻っていくサスケ殿は大真面目だ。私には理解できない。
だが、主と二人きりにしてくれた功績は褒めてあげても良いかもね。
えらいえらい。おっと、主が睨んでいる。
「……で、アンタの望みは何? まーた暇になっちゃったの?」
「ふふっ。主には敵わないねえ」
「敵わないねえ……。じゃないっつの。なんでこう忙しい時に面倒な案件持ってくんだか……心底迷惑。
報告でアンタの名前出た時から嫌な予感しかしなかったけどやっぱり最悪。……巻き込まれたサスケが可哀そうでなんない」
かなり苛々しているようだね。目を吊り上げて。可愛い顔が台無しだ。
「……ぶつくさ私が怒ったって、どうせ聞きゃしないし、すぐに厄介事を起こすんでしょ?
暇だって言うなら、暇じゃないとこに派遣してあげる。
暇なんてないほど悪霊来るところだから丁度良いんじゃん?」
「それは困ったな。なんせ、主の顔が見えないというのは」
「私はアンタの顔なんて見たくないから。それにのほほんとした本殿より、戦場の方が好きでしょ、軍神サマ?」
こうして私は戦場へと飛ばされた。
人通りが多い街道で悪霊の目撃情報も多い。
海が近い故に、酷い時には海路と陸路から悪霊が攻め込んでくる。
昼夜関係なく戦いが勃発し、神経はいつも張り詰めっぱなしだ。
一瞬の隙も許さない戦場で、疲労が判断を鈍らし、怪我が治りきる前に負傷する。
「(逆鱗に触れたのやもしれぬな。こんな戦場に送られたのは初めてだ)」
主はいつもは安全第一。十分な兵を揃え、兵糧を用意した状態で戦う事が多い。
それが今回の任務に就いた英傑は自分だけだ。
近辺にある悪霊の拠点に集中的に派遣され、ここへの増援は偶にしかない。
来たところで長くは居つかない。
「暇だ」と呟く暇すらない激しい闘いの日々を送った。
それでも少しずつ戦況がよくなり、一日の内いくらかは安らげる時間がとれるようになった。
様子を見に来た英傑には、交代か増員を主に頼んだらどうかと言われた。
だが私はそれらの提案を断った。
「主に要請したい場合なんだが……こんな戦場から主に手紙を送れるのかい」
「近隣の街に飛脚がいる。配達中に命を落とす事が多いとはいえ、職にありつけるだけでいい奴はどこにでもいるからな」
「ま、こんな時勢でも金は必要だからねえ」
また英傑たちがいなくなり、悪霊を粉砕して出来た空き時間に早速手紙を書いてみた。
「主へ。こちらは少しずつ落ち着きを取り戻しているよ。そちらはどうかな」
試しにそれだけ書いて飛脚へ頼んだ。
一週間後、返事が来た。ちゃんと届くものだと感心した。
「フツヌシへ。別の所で大規模な戦が発生。それも悪霊じゃなくて神と妖の対立。気が抜けてくる。」
こんな事を書いてくるなんて、些か参っていそうだ。
私は筆を取った。
「主へ。いっそ、主が平定してはどうか。支配してしまった方が主も動きやすかろう」
二週間後、返事が来た。
「フツヌシへ。イザナギにまとめてもらった。一応は落ち着いた。でも、やりきれない。
対立して得られるものは少ないなんて、少し考えれば判る事なのに。
不安に煽られて闘争心燃やして。馬鹿馬鹿しい。」
愚痴ばかりだ。
すぐさま筆を取った。
「主へ。それでも貴殿は八百万界の為に頑張っている事を知っている。
その努力がいずれ花開く事を誰もが信じているよ。」
一週間後、返事が来た。
「フツヌシへ。私は本当に頑張っているんだろうか。みんなに信じてもらえるような結果を残せているのだろうか」
弱気だ。
筆を取り、慎重に言葉を選び、感情を選んで返事を書いた。
「主へ。結果は必ずついてくる。だから貴殿は己を信じて欲しい。当然私は貴殿を信じている。」
二週間後、来ないと思っていた返事が来た。
「ありがとう。」
たった一言。
それを何度も何度も読み返す。
元気になって良かった。救いになって良かった。
それにしてもどうして、手紙がくしゃくしゃなのだろう。
まるで雨に濡れたようだ。
もしかして────。
いてもたってもいられなくなった。
だが、今は持ち場を離れられない。
落ち着いてきたとはいえ、無断で動く事は出来ない。
もどかしい。
私は暴れる感情を文字に乗せて手紙に押し込めた。
「すぐに会いたい」
ぼんやりとしていた飛脚に急いで欲しいと手紙を押し付けた。
これで主は撤退命令を下してくれると信じて。
ところが、一ヵ月たっても返事が来なかった。
何かあったのだろうか。
近辺で戦っていた英傑たちは全員引き上げていて、もう誰からも本殿の情報を貰えない。
街道は悪霊が多かったために、旅人も利用しなくなった。
通るのは動物たちだけだ。
「私を心配してくれるような者が一人でもいれば良かったのだが。自業自得だねえ」
時折現れる悪霊たちを倒すだけの日々が続く。
寝食の時間は取れるし、余暇もとれるようになった。
戦う時間よりも余暇の時間の方が数倍も長い。
なのに、撤退命令は一向にしてこない。
もしかして、私を忘れてしまったかな。
それとも、元々私を捨てるつもりだったかな。
持て余したのなら仕方がない。
ただ、一つ気になるのは────
「今、主は笑っていられているのだろうか」
それだけだ。
それから更に二週間経ち、悪霊も殆ど来なくなった。
とうとう、誰もいなくなってしまった。
つまらない。
ここには、自分だけ。
「もう主の命令を聞かなくてもいいだろうか」
主の指示を仰ぎたいが、もう旅人はいない。
近隣の村や町の住民は全員避難したまま、帰ってこない。もぬけの殻だ。
「それとも、退屈のままここで朽ちてしまえということか」
なんの刺激もない、ゆるやかな死を迎えるのも結構だが、欲を言えば主を一目見たかった。
「フツヌシ!!!」
声が聞こえた。街道の方だ。
駆けていくと、声の主はそこにいた。
「フツヌシ!!」
飛びつかれた。よく見知った人だ。
「……ははっ、主ではないか。こんなところまでどうしたのかな」
「心配してきたに決まってるでしょ! アンタは手紙すら出さなくなって!」
手紙、はて。
「最後の手紙は随分前に出したよ。私は全てに返事をしている」
「本当に? だって、私の所には来なかった」
「お頭! あったぜ! 飛脚の死体が!」
爆炎君が見つけた飛脚は、なんてことのない小さな崖の下に寝ていた。
と言っても、もう人の形はしていなかった。
一人分の骨には不十分で、動物に食われたのかもしれない。
「争った痕跡はねぇから、不慮の事故かもしンねぇな。服も大穴空いているわけじゃねぇし、残った骨も綺麗だ」
「ありがとう。ちょっと、穴を掘る手伝いして貰える?」
「ンなもんオレがやってやるから、お頭はそいつと話でもしてな」
忍に気を遣われ、主はちょっと歩こうと言った。
「まずは謝らないといけないよね。……申し訳御座いませんでした」
サイゾウ殿が見えなくなり、まず一番に頭を下げた。
「やめてくれないか。私は堅苦しいのは嫌いでね」
「いや、私の考えが甘かった。フツヌシならそのうち帰ってくるだろうと思ってた。
いつも勝手に帰ってくるし、今回もそうだと思ってた。手紙が来ないのももう移動しているんだろうって」
確かに、普段ならば戦局を自分で判断して、本殿に行くなり、他所へ行くなりするところ。
ただ、今回はその気にならなかった。
忠犬のように、素直に命令を遂行してしまっていた。
「本当にごめんなさい」
「謝る必要はないよ。私は好きでここにいただけさ」
主を困らせたくて、居続けたわけではない。
ただ、なんとなくだ。
「主、相手は私だ。そう気にする事はないよ。それより、大将がこんな所で供一人で大丈夫かい?」
「大丈夫。この一帯の復興を始めるつもりだから、他の英傑も来てる」
「ああ、なるほど」
悪霊は随分減っていたし、復興は可能だろう。
「主、貴殿はちゃんと笑っているかね」
「突然なんのこと?」
「手紙の貴殿は随分弱っていたからね。……なんてもう今更かな」
「大丈夫。……あの手紙には随分救われた。ありがとう」
「それは何よりだ」
ようやく、胸を撫で下ろせる。
「ねえ、返事書いてくれたんでしょ? なんて書いてたの?」
「さあて。随分前の事だから、忘れてしまったよ。
それより、戻ろうか。サイゾウ殿の穴掘りを手伝おう」
何か言いたげだった主を連れて、サイゾウ殿の所へ戻った。
既に遺体は埋められていて、主はそっと手を合わせた。
私もそれに倣って手を合わせる。私の手紙が無ければ命を落とす事はなかった者だ。
「あと、これお頭に」
サイゾウ殿が渡したそれは手紙で、私が出したものだ。
主は奪うように取ると、無遠慮に目を通す。
差し出した相手に目の前で読まれるというのは、なかなか恥ずかしいね。
「……そう」
「忘れてくれたまえ。過去の事だ」
「そう……」
主は手紙を懐に入れた。
「サイゾウ。ごめん、先に帰って。私たちはちょっと寄り道してから向かう」
「んー。まあ、フツヌシがついているから良いけどよ……。
絶対、すぐ追いかけて来いよ。約束だ。絶っ対守れよ」
「判った。何かあれば合図を送る」
「了解。フツヌシもふざけたりすンなよ。お頭に傷一つでもあったら爆散させるからな」
と、生意気な事を言う忍くんはさっさとどこかへ行った。
「……で、主。人払いまでして、何を私に聞か────」
噛み付くように唇を押し付けられた。
真っ赤になった主は私の胸に顔を押し付けるものだから、どんな表情かは判らない。
くぐもった声が胸から聞こえる。
「……どうしちゃったの? 良い物でも食べたの?」
「何の事かね。ちなみに悪いものは沢山食べたよ」
「だって……。手紙のフツヌシ、普段と違い過ぎない? 代筆かと思ったし」
「うん? そんなに違ったかね」
「違うでしょ! ナントカ仮面よりよっぽど人格おかしかったじゃん!」
「そうかね。あと『黒幕仮面』だよ」
らしくなかっただろうか。
最初の方は何を書いたかも忘れてしまった。
だが、主がそういうのならば、手紙の私はフツヌシではなかったのかもしれない。
「あれで主が救われたなら何よりだよ」
「救ってない! 半分しか!」
そう言って主は沈黙した。
おや、これは……。
「なら、そのもう半分を救って差し上げたいのだが……。
顔を上げて貰えるかな?」
恐る恐る顔を上げた主は、真っ赤なまま目を潤ませていて。
綺麗だった。美しかった。
私はそっと、出来るだけ優しく、彼女の唇に触れた。
「……これで足りると良いのだが。どうだろうか」
主は一度開いた目をもう一度閉じた。
そんな控えめな求めに応じて、私はもう一度主の熟れた唇へと吸い寄せられるように向かう。
甘酸っぱい果実のような、歯を立てたら弾けてしまいそうな、ぷくりと膨れた唇は私を受け入れた。
薄く開いた唇の隙間から感じる熱い吐息に理性が揺らぎそうになるが、あっさりと離れてみせる。
「……ん。足りた。十分貰った」
満足そうな顔をしている。あそこで深追いしなくて正解だ。
「それは良かった。サイゾウ殿の約束は果たせそうかね」
「うん。行こう」
元気になった主は赤い顔をしたまま、私の手を引いていく。
このか弱い小さな手に、八百万界の命運が握られている。
彼女を壊せば、きっと私好みの退廃的な世界が訪れるはずだ。
だが私は、そうはしない。
主に涙を流させるのは気が引ける。
それに、まだまだ楽しみたいからね。
(20220322)
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【あとがき】
支部でのせたもの。
フツヌシは厄介でもあるが、だからといって外道ではなく。
そういうアンバランスさにころっといったり、いかなかったり。