目に映る色形



「ねぇ、独神ちゃん」

 障子の脇から手を振るフウマコタロウを捉えた。コタロウは長身に似つかわしくない素早い動きで、あっという間に私の目の前に立った。

「僕ねー、今日いーっぱい頑張ったんだ。だから独神ちゃんに癒してもらいたいなーって。良いよね? 良いの? やったー!」
「やってて悲しくない?」

 私の言葉に動じることなく、無許可でがばっと抱き着かれた。目の前には真っ黒な胸板がある。身を捩るが背中に腕を回されてしまって逃げられない。こんな所ハンゾウに見られていないと良いのだけれど。
 私は一応ここの主なので、日々の働きを労うつもりでとんとんと背中を適当に撫でてやった。

「はい、閉店でーす」
「延長おねがいしまーす」
「ご遠慮願いまーす」

 身体を押し返してみるのだがびくともしない。注意をしようと見上げればコタロウに表情がなかった。
 あ、まずい。
 身を固くしてすぐ、壁から音がした。見るとクナイが刺さっている。

「なんか来た!?」
「なにあいつ。結局見てるの? 気持ち悪」

 ハンゾウ!? 
 うわあ……。言い訳出来ないじゃん。
 憂鬱になってきた私をコタロウは見下ろして言った。

「僕、認めてないから」

 口を引き締めて眉間に皺を寄せた風魔の頭は真剣だった。
 私は何も言えなかった。

 本殿には数多くの英傑が所属しているが、
 「わー!! おめでとう!」と純粋に祝福してくれたのが一割。
 「へー」と全く興味がないのが二割。
 「え、ハンゾウ……?」と難色は示しながらも見守ってくれているのが五割。
 「主人あるじびととて心変わりはあるだろう?」と一切気にしない強者が一部。

 残りの約二割は私たちの関係に異を唱えている。
 特にコタロウは会う度に「別れた?」と聞いてきて正直鬱陶しい。だが向こうの言い分が理解できるだけ、邪険にすることが躊躇われた。

「忍だけは駄目。独神ちゃんはそんな世界に入っちゃ駄目だよ」

 商売敵だからではなく、純粋に心配してくれているのは伝わってきた。

「恨みを買うような奴に近づいたら、独神ちゃんも狙われるようになる。折角独神ちゃんはイイヒトって事で界中に名前が知られてるんだからさ、あんな奴やめようよ。英傑が良いなら他でも良いじゃん。ライデンとかタスケとか、あの辺なら絶対に普通の生活出来るって。神ならえーっと、フウジンとか? 四霊獣も良いんじゃない? まとまってて。 妖なら……エンエンラとかどう? カマドもついてくるからお得だよ」
「特売じゃないんだから……」

 こんな話をもう数十回はしている。
 お互い平行線な事もあってげんなりするけれど、必死に説得する様がいじらしくて突っぱねることが出来ず、いつも最後まで付き合ってしまう。
 ハンゾウには部下に振り回されてどうすると怒られるのだが。

「独神ちゃんは光しか当たらない場所にいて。お願いだよ……」

 コタロウの言葉はいつも痛切で、私の服が皺になるくらい掴んで縋った。
 可哀想で見ていられないのに、私は一切説得に応じた事がない。
 今日もいつものように黙っていると、コタロウが私の身体を抱いたまま後ろに倒れた。さっきと同じく壁から音が鳴ると、ふわりと髪の毛が床に散っているのが見えた。この髪色……。

「あらら……結構切れちゃったね」

 感情を失った平坦な声だった。

「馬鹿だよね。僕が独神ちゃんにわざと当てるはずがないとでも思ったのかな。忍が他人を、それも他所の流派の忍を信用するなって話だよねー」

 コタロウは私を放すと、再び真剣な表情で私を見据えた。

「髪の毛はまた伸びるけど、これが身体の一部だったり、命なら……二度と戻らないんだよ?」

 よく考えてね。と言って姿を消した。
 床に散った毛を紙でかき集めているとハンゾウが来た。

あるじ!」

 床に膝をつき、首を差し出すように頭を下げた。

「此度の不敬に対する処分は何なりと申し付け下さい」
「はいはい。私は全然気にしてないから楽にして。コタロウだって私にぶっすり刺さるようなことはしないから」

 立ち上がったハンゾウはすぐさま駆け寄って、私の後ろ髪を何度も撫でつけた。ナバリも耳と尻尾がすっかり下がっている。これはかなり気落ちしているようだ。

「この程度なら結うだけで隠れるよ。なんの支障もない」
「……この失態は任務で償う」

 と言って消えた。
 護るべき主を自ら傷つけるなんて切腹ものだろうけれど、私たちは純粋な主従とは違うのだから、そう思い詰めなくて私は全然気にしていないのに。


 ────忍と付き合う。
 それもよりによって独神と伊賀の組頭。世間への影響が大きすぎる。
 主に手を出したことで伊賀の名には傷がついているだろう。無論、伊賀は独神を手中に収めた、なんて考えもあるけれど。

 独神の私は、本殿の英傑達を不安にさせてしまった。社会的に地位の低い忍如きと関係を持った愚か者と外部の者から見られているのも耳にしている。伊賀と繋がった事でそれ以外の流派の忍も敵に回してしまった。
 それになにより、ハンゾウが治める伊賀の里をも背負う事になった。英傑達の将来の保障だけでも重いのに、私は性懲りも無く守るべき人数を増やしてしまった。

 地位の格差以外にも、ハンゾウが多くの者に恨まれていることも懸念される。動乱の影で暗躍し続けた伊賀を潰したい者は多い。ハンゾウは任務の性質上だけでなく、身の安全の為にも常に闇に紛れていなければならない。

 私とは違う。
 『独神』は世間ではすっかり聖人扱い。名を捨てたところで、私は独神である事から逃げられないだろう。常に品行方正を求められ、慈愛に満ちた人物でいることを強要される。厄災が発生するたびに表に引っ張り出されるだろう。
 私はハンゾウを追いかけて闇に紛れる事は出来ない。

 それらを理解していたから英傑達にも内緒にしていた。そもそも好きにならないようにと私は努力していた。ハンゾウも多分そうだろう。
 頭で判っていてもどうしても欲しくて、感情が抑えられなくて、私たちは付き合うという選択をした。
 絶対に秘密にすることを条件に。
 なのに突然、ハンゾウが私との関係を本殿内で公開する事を決めた。多分私のせいだ。私がそう願ったから、ハンゾウはそうした。
 ハンゾウは悪霊や戦以外のことも、私の望みを叶えるように動いてくれる人だから。
 本殿だけの情報はいつの間にか外へと漏れ、一気に八百万界中に広がっていった。

 こうして今に至る。

 だが、良い事だってあった。
 私たちは晴れて、任務外でも二人きりでいられるようになった。少しくらいならじゃれ合いも許される。周囲に気を回されて、二人にしてくれるようにもなった。
 けれど、ハンゾウは忙しい身だ。いたと思えばすぐいなくなっている。
 蒲団だって折角二組用意したというのに全然使ってもらえない。
 私の部屋は一人部屋のまま。
 日常にハンゾウが殆どいない。
 それを寂しいとは思うけれど、以前と比べれば今でも十分楽しめている。



「偶にはお疲れの主様でも寝かしつけてやろうかと思ってな」
「なにそれ」

 極々偶にであるが、主の役目を終えた私の傍に来てくれる。
 大体は任務と任務の間の隙間時間で、その場合は私に触れる事はない。
 人の匂いをつけたくないだとかなんとか。

「……寝ろ」
「少しくらい見てても良いじゃん」
「寝ろ」

 手を伸ばしたいのをぐっと堪える。その代わりにじっと蒲団の脇で座るハンゾウを見つめた。
 いなくなるまでは眺めていたくて。

「……はぁ。全く、俺のあるじは言う事を聞かないし手間ばかりかけさせる」

 わざとらしく言って、手を握ってくれた。

「……これ以上は求めるな」

 私はうんと言って目を瞑った。
 いくら私が我儘だとはいえ、ここまで譲歩してくれたハンゾウの言う事なら従う。
 夢と現の間をゆるやかに行き来していると、上から声が聞こえた。

「苦労をかける」

 ……ほんと馬鹿。
 こういうのは起きてる時に伝えることでしょ。
 言ってくれるだけで私なんでも平気になれるのに。
 優秀なくせに判ってないんだから。

 ……そういう所も好きだけれど。




ぬしサマ、今年もお祭りがあるそうですよ♪ ハンゾウサマと回られますよね! だったら合わせた浴衣をお仕立て致しますよ!」
「あー……。ごめん、ハンゾウは無理かも……。今年もみんなとで良いかな、って思っているんだけど……駄目かな?」
「とんでもありません!! 私はとっても嬉しいです! ハンゾウサマには悪いですけどネ」

 ばつが悪そうに、だが私といられることを喜ぶタマヨリヒメと分かれ、私はぼんやりとハンゾウと夏祭りに行く事を想像した。

 夏祭りということはやはり浴衣だろう。この時ばかりはあのハンゾウが忍装束を着ていない。……たったこれだけの想像で噴き出してしまった。まだ(想像上の)祭りが始まってすらいないというのに。私の中のハンゾウは伊賀忍としてのハンゾウばかりで、近所を歩く人族と同じ生物として認識出来ないのだ。しょうがない。ハンゾウが悪い。
 折角だからナバリも夏っぽいことをしたい。服は蒸れると言って嫌がるだろうが、耳か尻尾に飾りをつけるくらいは良いだろう。
 私は当然浴衣を着る。服飾隊の英傑に頼んで猛烈に可愛いのを着る。髪の毛も誰かに頼んで仕立ててもらう。普段外に出られないのだからこういう時には全力で着飾らないと。ハンゾウに感想を貰いたいが、多分言わない。「良かったな(適当)」で終わらされる。
 大体ハンゾウという者は、素直に褒めてくれるような優しい人間ではない。鼻で笑ってあしらわれることもしばしば。他の英傑に褒められたと言っても「なら目的は達しただろう」などとすげなく返され……ってなんてつまらない人なんだ。改めて思ったが、一緒にいて本当に楽しいのだろうか、あんな人。

 ……不思議と、楽しいのだ。
 目的の言葉を言われなくても、少しでも私を見てくれるなら嬉しい……なんて、殊勝な気持ちになってしまう。
 私も大概趣味が悪い。

 一緒に行きたいな────……





「ねぇ、サスケ!」

 表情が変わらないことに定評があるサルトビサスケが身構えたように見えた。

「忍が外歩くと危険なんでしょ?」
「そうだが」
「命を狙われるかもだし、顔を晒すのが嫌なんだよね?」
「……そうだが」
「じゃあさ、変装しちゃえば忍でも表を歩ける? ほら、前にサスケとはお買い物したよね? サイゾウとだって行ったことあるし! あ、サイゾウの時は顔はそのままで忍装束のままだったけど」

 サスケは額を押さえて呻いていたが、それでも答えてくれた。

「……不可能だ」

 現役の忍に可能性がないと断言されると多少傷ついた。

「どうして? いくらハンゾウでも歩き方とか所作とかでバレちゃうってこと?」
「違う。……かしらだ」
「私?」
かしらで見抜かれる」
「なんで?」

 先程からずっと言いにくそうだが、私がもう一度「なんで?」と迫ると観念してくれた。

かしらはハットリハンゾウといる時だけ態度が全く違うからだ。忍でなくとも判るほど明らかにな」

 明らかに、とな。

「いやいや、そうでもないでしょ」
「少なくとも、俺にあんな顔で笑う事はない」
「……ごめんなさい」

 適切かは判らないが、謝ることが精々だった。

かしらの振る舞いに異論はない。だがそれがかしらの首を絞めている」

 ハンゾウといる私。
 外から見た私を私は知らない。

「……そんなに笑ってる?」
「ああ。よくあれで今まで隠せていたものだ。ハンゾウは気に食わないがその点は評価する。よく嘘を吐けないかしらに誤魔化させたものだ」

 わざと喧嘩をするのは嫌だったけれど、あれが最良の手だったんだ。
 ハンゾウは私の生態を私以上に理解した上で、私たちが上手くいくように考えてくれている。
 そういう所だ。
 会う事が少なくとも、触れる事がなくとも、耳の痛いことを言われようと、皮肉を聞かされようとも、ハンゾウは私の為に動いてくれていると判っているから、落ち着いていられるのだろう。
 主だから、だけでなく。私をそういう相手として見てくれている事も判っていることだし。
 二人でいたいという私の願いを叶え続ける忍を見習って、私も少しは行動で示してみようか。



 丁度任務の報告で現れたハンゾウに聞いてみた。

「ねぇ、ハンゾウってどれぐらい恨まれてるの? 例えば、都歩いたら何回殺されちゃう感じ?」
「頭でも打ったのか」
「大丈夫ですー。で、どうなの?」

 面倒くさそうにハンゾウは言った。

「本当に俺が無防備な状態で歩いていたのであれば、十や二十では済まないだろう。同じ忍に狙われるのもあるが、俺は貴族の方でも恨みを買っている。俺は個人からの依頼は受けないが金に糸目をつけないとくれば話は別だからな」

 そんなに恨まれるなんて凄いんじゃなかろうか。

「他人事のような顔をしているが、あるじよりはマシだ。……おい、何故意外そうな顔をする」
「私そんなに悪いことしたっけ?」
「界を動かしておいて何を今更」

 確かに……。じゃあ二人で歩くってそもそも無謀……!?

「いっそ全てを我が手中に……」
「考えを話してみろ。聞くだけ聞いてやる」

 ここで話してしまうと、ハンゾウはまた一人で動いてしまうだろうから……。

「もうすぐお祭りでしょ? ハンゾウみたいに人目につく所を嫌がる英傑もちらほらいるし、どうしたらいいかなって思っただけだよ。この辺りなら私の力でもそこそこ好き勝手出来るし、そうすれば気兼ねなく楽しめるでしょ?」
「たかが祭りで辺りを平定するつもりか?」
「そう!」

 ハンゾウはほんの少しだけ表情を動かした。

「呆れを通り越してつい笑ってしまったぞ。あるじには道化の才がある」
「ありがと」
「支配したところで、範囲が広ければそれだけ付け入る隙を敵に与える事になる。諦めろ……とわざわざ俺が言わずとも判っていただろう」
「まあね」
「呑気なものだな」

 冗談ってことでここは済ましてしまおう。

「鉄仮面のハンゾウを笑わせられたから満足だよ」
「そうか」

 とりあえずは誤魔化した。
 身辺警護も担当するハンゾウが諦めろと言ったが私は諦めない。
 権力は使うためにあるんだから。





「ほら! 見てみて! 可愛いよね! 近くに行こうよ!」
「引っ張るな。……全くどうして俺がこんな目に」
「主には絶対服従!」
「はーあ、俺は素晴らしいあるじに仕えられて幸せですよ」

 ハンゾウは嫌々な態度だが、それでもちゃんと私の隣にい続けてくれる。最初は呆れきって口を開いてくれなかった。

「じゃじゃーん!! 見張りも術もてんこ盛り仕様だよ! 今なら本殿より強固だから心配無用! これなら一緒にいられるよね?」
「馬鹿な事を企んでいると思えば……」

 独神のコネを使った防御陣。人の術式から妖の種族能力から神の世界関与、私が今まで見聞きしてきた全てを詰め込んだものだ。異なる種族の力が絡み合って私が望まない者の侵入など出来るはずがない。……異なる種族の力が干渉しあう事で何らかの影響があるかもしれないが大丈夫だろう。その為に人員も増やしておいたし。

「少しだけで良いの。ね、お願い!」
「……どうせこんな事だろうと思って時間は作っておいた。だが俺の関わっていない警備は信用に値しない。少しだけだからな」
「ありがとう!」

 こんな感じで無理矢理お祭りに来てもらった。支払った代償は大きかったがやって良かった。
 暫くは忙しくなるだろうから今日一日楽しまないと。


「見てみて! 射的だよー。どうせなら勝負しようよ。銃なら伊賀忍に勝っちゃうかもよ?」
「ほう。良いだろう。その勝負受けて立つ」
「負けた方が勝った方に『好き』って言ってね」
「っ! 俺になんの益もないだろ」
「私に言われても嬉しくないってこと!?」

 絶対に吠え面かかせてやる……!
 ふふっ、だが甘いぞハットリハンゾウ!
 私が一帯の警護に手を加えただけだと思ったら大間違いだ!

 実は準備段階で射的があるのは知っていた。丁度ヒデヨシが試し打ちをしていたので、面白そうだからと指導してもらったのだ。それに加えて倒しやすい的も事前に教えてもらっている。
 この勝負、私が勝つ以外にない!

「おみごと! さすが独神殿! 全て命中でござるよ! いやはやまさか銃の扱いも達者とは感服致しましたぞ!」
「ありがと。はい、次はハンゾウの番」

 私が使っていた銃をそのまま渡すのは、不正がないことを確かめさせる為だ。実力で私が勝つことでぐうの音も言わせない。

「……ほう。なるほどな」

 ハンゾウは銃を構えた。

「俺が全弾命中した場合勝敗はどうなる」
「そうでござるなあ……。では、一番上の的を狙って下され。あれが倒せたのならばハンゾウ殿の勝ちと致しましょう」

 ヒデヨシもなかなかに意地悪だ。一番上の小さい的を倒せば豪華景品が手に入る。がしかしーし、当然あれは客を釣る為の罠である。重りを入れられた的は射的用の銃では倒せない。
 ……詐欺ではないのかと準備時に尋ねたが、バレないような細工もしていると満面の笑みで言っていた。

「……判った」

 ハンゾウは銃を構えた。私はにやける顔を抑えられない。もう勝ったも同然!
 ────ちゃりん。
 突然、界貨の音がした。
 私の財布だろうか。帯に入れておいたのだが。

あるじ
「え。何。……なっ!?」

 一番上の小さな的はこてりと倒れていた。
 嘘! なんで!
 ヒデヨシを見たら嬉しそうに界貨を財布に収めている所だった。
 さっきの音はヒデヨシの財布……いやいやおかしいでしょ! 出店を運営中のヒデヨシが自分の財布を開く事なんてない。扱うのは店のお金であって個人のお金ではないのだから。
 だとしたら────。

「どうしたあるじ。意外そうだな」

 や、やられた……。
 ハンゾウも当然あの的に細工があるのは判っていた。この場には私とヒデヨシがいて、不審な振る舞いは必ず指摘が入る。だからヒデヨシの注意を引く事が出来る界貨を地面に投げつけて、気が逸れた隙に多分何かしらの不正をしたのだ。
 そして私は、ここで異議を申し立てることは出来ない。だって、音に気を取られてハンゾウが撃つ場面を見ていない。それに、あの的が絶対に倒れないと知っている事は当然口に出せない。
 まんまと策に嵌められた。こんな、こんな単純な手口で……。

「負けた方はなんだったか……忘れてはいまい?」

 ここまで仕込んで負けるなんて屈辱的だが完敗だ。
 言ってやろうじゃないか。
 小馬鹿にした表情をしたハンゾウに向き合って言ってやった。

「ハットリハンゾウ! 独神が為す全ての偉業と悪行を最期まで側で見てなさい! 裏切りは許さないから」

 私が覇者になろうとも、失墜して地に伏そうとも、ハンゾウだけは離れないで欲しい。
 ずっと、主でいたい。
 これが私の中にある『好き』の形だ。思い知れば良い。

「ならば俺を飽きさせるなよ。……その点は心配なさそうだがな」

 ハンゾウの返事にほっとしていると外野からの「待った」が入った。

「それで良いのでござるか!? もっとこう、愛らしく普通に好きですとか愛してるとかでなく!?」

 審判(?)からの指摘を受け、私は改めてハンゾウを見た。

「大好きの方が良かった? ハンゾウの事を考えるとドキドキして眠れないとか? 私以外のを見ちゃ駄目とか? 私と結婚して下さいとか?」
「次行くぞ」

 まだ話の途中だと言うのにずるずると引っ張られる。

「もうちょっと優しく引いてよ!」

 すぐに力が弱まると、今度はぶつぶつと文句を言い始めた。

「今日は何なんだ。平時の俺に対する抗議か? 報復か?」
「こ、抗議? 全然そんなことないけど……」

 そこで気づいた。
 ハンゾウの顔が普段より険しい事に。
 だが怒っているわけではない。多分これは。

「照れてる?」
「そんな訳ないだろ」

 歩みがだんだんと速くなる。だがハンゾウが手を引いてくれるおかげで、置いていかれることはなかった。駆け足で追いかけながら、可愛いハンゾウの後ろ姿を見ていた。
 
「ちなみにハンゾウはどの言葉が好みだった?」
「暫く黙っていろ」
「どれも本音だったんだけどなあ」

 足が止まった。これは毒舌の一つでも飛んで来るかもしれない。
 私は心の中で受け流す準備をした。「いいか、あるじ」とハンゾウは前置きして、

「俺は必要な時、伝えるべき言葉のみを言う。安売りする気はない。だから楽しみに待っていろ。いいな?」

 た、────!?。
 今度はこちらが照れる番だった。そんなこと言われたら、当然色良い言葉を期待する。

「顔が赤いようだがお風邪でも召されたか?」
「質が悪いものにかかってしまいまして!」

 遊ばれてしまったが安堵した。
 ハンゾウも、今だけでなくもっと先のことを考えている。私と同じように。
 こんなこと言われたらにやにやが止まらない。

「しまりのない」
「ほっといてよ」

 いつの間にか繋がっていた手を振って、私たちは次の出店へと繰り出した。




 お祭りで遊んだ後は当然宴である。美味しい料理と酒に囲まれ、散々馬鹿騒ぎをして明日二日酔いになるまでが本殿の宴だ。

「私そろそろ」
「えー、主様早くない!? まだ飲んでないじゃん!」
「明日から忙しくてね。今日遊ぶ為に予定ギチギチで」
「しょうがないなー。大変な時はちゃんと声かけてね」
「ありがとー」

 腹を満たして風呂へ入り、寝る準備を整えて部屋に帰るとハンゾウが佇んでいた。

「遅い。……あまり待たせるな」
「ごめん」

 近づくとそっと抱きしめられる。

「今日はあるじに驚かされてばかりだったからな。その努力に敬意を表そう」

 顔にかかる髪を後ろへ流されて、相手の顔が近づいてくるのが判って目を閉じた。

「っ……」
あるじちゃ~ん!」

 どきっ!!!!!

「はぁあい!! なんでしょう!!!」

 ハンゾウはいない。多分天井に張り付いているのだろう。彼氏が忍で良かった瞬間である。
 そんな私の心など知らないアシュラは入ってきて早々不思議そうに尋ねた。

「どうしたの? もしかして体調悪い?」
「ううん! はしゃぎすぎちゃっただけ。一人になったら気が抜けちゃって」
「それならいいけど……。明日無理しないようにね」
「はあい」

 アシュラにはお引き取り願おう。今すぐ。
 ハンゾウごめん! もうしばらく頑張って。

「アシュラこそ何の用だったの?」
「うん、ハンゾウちゃんの事なんだけど……。今日は楽しそうだったわね」

 本人を目の前(天井)にして言うのは嫌だなあ……。
 でも怪しまれるから普通に答えないと……。

「二人とも大変なのは判ってる。でも少なくともアタシたちは味方だからね。今日の様子見て認めた英傑もいっぱいいるのよ」
「……そうなんだ」

 考えてもなかった。
 今日はただハンゾウと楽しく過ごせればいいと思っていて、その為に沢山の人に無茶言って振り回した。特に英傑達には遠慮がない分無理を言った自覚がある。嫌がられるとは思っていたから、どうにか今日だけは手を貸して欲しいと頭を下げに下げた。
 それがまさかそんな良い方向へ進んでいたとは思ってもみなかった。

「ハンゾウちゃんが急に抱きしめてきた事を覚えてる?」
「勿論! だって」

 りんご飴の出店でどれが良いか迷っていた時、唐突に抱きしめられたのだ。

「は、ハンゾウ……人前で」
「したくなったからしただけだ」
「へ!? そ、っか……」

 積極的過ぎる行動に私は異論を唱えることが出来ず、されるがままだった。

「引いたでしょ……。ごめんね」
「あら。逆よぉ! もぉー、ハンゾウちゃんがあんなにあるじちゃんのことを考えてるなんて驚いたわ。だって、判らなかったでしょ? あの時ハンゾウちゃんを狙ったヒトがいて、流れ弾があるじちゃんに当たらないように庇ってたのよ」

 アシュラは頬に手をやりきゃっきゃっはしゃいでいるが、私は逆に気持ちが鎮まっていた。
 私が必死で敷いた防御陣が突破されていたなんて。

「……アシュラ、それって」
「あ、駄目よ。誰の仕業かは秘密。身内の犯行だからね♪」

 英傑がやったとなるとある程度は絞られる。直接糾弾すること可能だが、皆が庇っているものをわざわざ暴くべきではないだろう。

「判った。誰かは聞かない。ハンゾウが水を差さないように手を回していた事だけ覚えておくよ」
「そうしてちょうだい。ふふっ、愛されてるわねー」

 教えてもらわなければ知る事はなかった。ハンゾウはきっと日々こうして私の平穏を守ってくれている。賞賛を受けずとも、淡々と。

「いつも酷い喧嘩ばかりだったから不安だったのよ。でも違ったのね。二人でいるとあんなに楽しそうだなんて……ちょっと妬けちゃうカナ? なんてね」

 アシュラは一瞬暗くなった顔をぱっと明るくして、

「今度ハンゾウちゃんとの恋バナ教えてね」
「うん!」

 アシュラは「邪魔してごめんね」と言って早々に退室した。暫くしてハンゾウが下りてきた。
 ハンゾウを認めてくれたことににやにや喜んでいる私に釘を刺す。

「言うなよ」
「……」
「返事」
「多分約束しても破るからしない」

 ジト目で睨んだって仕方がない。ハンゾウへの愚痴は積もり積もったものが沢山あるから絶対に口を滑らせるに決まっている。
 それに……ハンゾウが優しい事も知ってもらいたいよ。

「……出鼻を挫かれた挙句、面倒を増やすとは。つくづくあるじは俺を過労死させたいようだな」
「じゃあもっとサボってもいいよ」
「言われなくとも。憂さは明日からの戦場で晴らす」

 結局働いてくれるのが怖いところだ。

「だが今日の所は別のもので勘弁してやる」

 と言って、ハンゾウは手を出した。まるで菓子でも強請る子供のように。
 だから私はその手に手を重ねた。今日の褒賞は私自身。

 明日からは私もハンゾウも多忙を極め、数日顔を見る事もないだろう。
 だから今日は、最後の最後まで楽しく過ごそう。二人で。

・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…


 ずっとハンゾウのことを考えていて、ここ四日ほどは現パロに手を出しました。
 『超ハイスペ男×凡庸(or平均より下)女』の組み合わせが今の所しっくりきています。
 細部は想像毎に変わるのですが、固定設定は、

 在宅フリーランス(IT系)のハンゾウと普通の会社員の女の子は同棲をしている、
 だが二人は一切付き合っていないし、なんなら好きとも言った事がないし、もっと言うと友達と言えるほど仲良くない。ハンゾウの完全片思い。一方通行。
 持ち前の高スペックで外堀を埋めまくり、口八丁で一緒に住むところまでは持ち込めたのに、そこから一切進展しない残念系ラブコメ。


●家賃と光熱費は三分の二(四分の三でも可)ハンゾウが払っている。
 だが女の子の方には折半と言っている。明細・書類等は当然一度も見せていない。
 女の子が「こんなに良い場所なのに安すぎる」と疑った時には、「心霊現象が起きる部屋だから安くさせた。除霊済だから問題ない」と適当こいて女の子はそれをずっと信じている。

●部屋数の都合もあってベッドは一つしかないが、サイズは大きく(ダブルよりデカイ方が良い)、寝る時には二人の間にナバリがデデーンと寝るので、一切そういうハプニングはない。
 女の子は良くも悪くもハンゾウを信頼している(そういう目で見ていない)ので平気で寝るし、ハンゾウが寝込みを襲う(=相手に嫌われること)をしないこともあって、寝室は正しく寝室として使われている。
 ド健全。
 ハンゾウとしては、ナバリにそういう場面を見られる事は、親に見られるのと同じくらい気まずく嫌なので、そういう気が起きない。

●在宅仕事のハンゾウが全ての家事をしているので、「私がいる意味あるの……?」となる真面目な子より、「家事がとっても好きなんだなあ……」と気にせず好きにやらせるタイプの女の子がベスト。
 八百万界と同じく「世話好き」という設定は現パロでも生かすべきだと思う。


 ……とかそういう、四コマになりそうな話を考えて楽しんでいます。
 それは置いといて、今回の話は以前書いたものの続きです。
 シリーズ化するつもりはなく、なんとなく思いついたから書いた程度の軽いノリです。