深海の夢の色


「トラクマドウジさんが育てている花たちを、次の祭りで使ってあげられないでしょうか?」

 始まりはククノチの提案だった。

 本殿では毎月、収穫や平和や、家内安全、船の無事等を祈ったり祈らなかったりする祭りを開催している。

 民の為と言うが、ようは騒ぐ口実、飲む口実が欲しいのだ。

 そんな不純な動機で毎月開催しているため祭りのネタは常に枯渇しており、ククノチの案はすぐに採用された。

「使って頂きたいのはこちらの花ですっ!」

 それはトラクマドウジが一粒の種から増やしたという、「瑠璃牡丹」だった。

 牡丹と言えば薄紅色から赤紫色が一般的であるが、瑠璃牡丹はその名の通り瑠璃色をしていて、花弁を光に透かすとまるで海中のような深みのある青色を放つのだ。

 その見た目は民の目を惹け、戦いで疲れた心を癒すだろう。

 その特性を生かした祭りを早速作り上げていくことになった。

 悪霊退治を行いながら、祭りの担当に選ばれた者は月末の木曜日に行えるように準備を進めていった。

「えぇー、また俺とミョルニルが電気係なのか?」

 トールがげんなりとして言った。

「『こんなに素敵な光景が見られるなんてトール大好き(超裏声)』ってゴシュジンが褒めるかもしれねぇぞ」

 ロキはなかなかに似ている声真似を披露しながら説得にかかった。

「そう言って前回何時間やらせたんだよ!! その間ロキが主《あるじ》さんとデートしたの忘れてないからな」
「バーカ。あっちがおれと行きたいって言うから付き合ってやっただけだろ」
「ならなんで荷物持ちしてたんだ? 主《ぬし》さんのため? 筋トレか?」
「はぁ!? き、筋トレに決まってるだろ!」
「ははっ! 邪神が?」

 最終的には、みんなが喜んでくれるならと、トールは電気そのものを作り出す係を引き受けた。

「配線は頼んだぞ。俺がやるとイライラして全部抜いちゃうからな」
「誰もおまえには頼まねぇって。……手先が器用で使えるヤツっていったら……」

 ロキは手先の器用な英傑を何人か想像し、その中の一人に直接声をかけた。

「おれ!?」

 驚いたのは医者のアカヒゲだった。

「普段からニンゲンの肉ブスブス縫ってるだろ」
「確かに縫合は基本だが……。配線ってやつはナマモノでも縫うわけでもないようだし……」
「とりあえずゴシュジンが喜ぶぜ。てことで、この紙通りにやってくれよ。出来なかったらおまえのせいな」

 言うだけ言うと、反論させない為にさっさと去っていった。 

「……普通に頼めば引き受けるってのに、素直じゃねぇもんだ。
 えーと。どれどれ」

 本殿に何年も属するアカヒゲだが、配線の知識はゼロである。

 電気技術はNYANYALAND以降に導入されたものであり、まだ一部の英傑しか理屈が判っていないのだ。

「なるほどな。動脈か静脈かって判別しながら通せばいいってことだ!」

 飲み込みの早いアカヒゲは早速仕様書の指示通りに作業に取り掛かるのであった。





 祭り会場が全体的に形になり、一部では確認作業に入っていた。

 スズメも、小鳥たちと協力し、計画表と照らし合わせながら間違いがないか目視する。

「緑の線……おや、こちらは青になっていますね」

 色とりどりの線のうち、青を外し、緑の線を接続した。

 再び仕様書に目を通し、相違ないか指差しをしながら確認していった。





 祭り当日。

 本殿では出店が立ち並び、外部の者達が自由に行き来していた。

 ここでは貴族も公家も武士も農民も関係なく混じり合い、思い思いに楽しんでいた。

「遅くなってごめんね! ついさっきふぁんの子たちが来てこれをくれたの」

 と、オイナリサマが黄色い塊が飛び出した木箱をどさりと置いた。

「わあ! とうもろこしいいね! 折角だからみんなに食べてもらおうよ!」

 クダギツネは飛び跳ねた。

「今からじゃ凝ったことは出来ないし、焼きトウモロコシにする? 前誰かが出店で出してたわよね」
「うん! えっと、カマドさん……だったかな。エンエンラさんにお手伝いしてもらえるか聞いてくるよ!」 
「じゃあお願い。私は運んでるわね」

 出店通りの端によいしょ、よいしょと運んでいく。

「そのとうもろこしどうするつもりだ。何処へ運ぶ」

 不届き者がいないか見回りをしていたヤシャが目を細めてオイナリサマに尋ねた。

「これ、さっき貰ったの。折角だから来てくれたひとたちに焼きトウモロコシを食べてもらおうと思って」
「そうか。しかし、ここはゼアミの演出とやらでわざと空けている。別の場所……そうだな、ここと反対側なら良いんじゃねぇか」

 出店の列の反対側へ向かえと言う。

「まぁ、使うならしょうがないわね。判った、あっちでやらせてもらうわ」
「悪いな」

 重い木箱をもう一度持ち上げて、オイナリサマは反対側へ向かった。

 その頃のクダギツネ。

「えーーーん!!!! カマドさんもエンエンラさんも見つからないよぉ!!!」

 仲良くしている動物たちにも協力してもらうが、参加客が多くて目当ての人物が見つからない。

「お店の端に来てもオイナリサマはいないしどうしよう!!」

 そして一方のオイナリサマ。

「ごめんね! 私、これを運んでいる最中で……」

 ふぁんに囲まれてにっちもさっちもいかない。

「あのね、だからトウモロコシを向こうに。うん。うん。え、持ってくれるの? ありがとー♪ って、違う! そっちじゃない!! 反対!!!」

 トウモロコシ入りの木箱は群衆の上をするすると滑っていく。

 参加客も、これはなにかの催しかと、隣の人がするように頭上で木箱を送っていった。

 どこへ行くのかは判らない。

 隣の人に合わせて送っただけだ。

「……! …………!!!!!}

 女性の叫び声が聞こえたが、「TNG!!!!」「歪栖cort!!!」と熱狂した声にかき消された。

 きっと、応援の声だろう。と、誰もが気にかけなかった。





 舞台の上では予定していた演目が終わり、ゼアミが観客へ感謝を伝えた。

 いよいよ、今回の目玉である瑠璃牡丹を披露する時だ。

「瑠璃色の美しき輝きを空に流し、海の底へと誘いましょう。皆様、ご覧下さい」

 ゼアミが東の空に向かって手を向けた。




 どがああ~~~~~~ん!!!!!




 誰がどう聞いても爆発音にしか聞こえないものが会場に轟いた。

「……おや。空の瑠璃牡丹を恋しく思った地面が、私たちに何か言いたいようですね」

 内心「ちょっとどういうことですか。暫くは場を持たせますから、誰か現状を報告ください!!」と焦っていたが、舞台で鍛え上げられた強心臓のお陰でおくびにも出さない。

「なんだかいい香りがしますね」

 くんくんと、ヌエは鼻をひくつかせた。

 他の者達も暗闇の中で鼻をすんすんと動かした。

 その間に夜目が効く忍が迅速に原因究明に走った。

 一番に到着したのは。

「ああ。今朝の光景はこれだったんだね」

 予言者ヘイムダルはそっと現場で配線を直す。

「"緑"のりんごを"青"りんごと表現するけれど、人によって解釈が異なるのか」

 未来視で見えた自分の行動をそっくりそのまま行う。

「こんなに地味だと、独神様に私の功績は伝わりそうにないね」

 肩を竦めながらヘイムダルは黙って現場を去った。

 会場では、瑠璃牡丹に仕込んだ明かりが次々と灯り始めた。

 瑠璃色の光に包まれ、会場が深海に呑み込まれた。

 そこへふわふわと落ちてくるのは、白いぽっぷこーん。

「わあ、綺麗! 美味しい!」

 香ばしいトウモロコシの匂いに人々は歓喜し、ぱくりと口に含んだ。

「美味しい! でもカマドさんとエンエンラさんは!?」

 涙目になったままクダギツネはぽっぷこーんを口にしながら人混みを泳いでいた。

「みなさま、こちらのお菓子を食べながら、美しき瑠璃牡丹、ご鑑賞ください」

 舞台裏へ戻って来たゼアミに、オトヒメサマが詰め寄った。

「あれ、なんの演出? 小魚の群れ? 産卵? 湯の花?」
「あれは私の計画にはありませんでした。いったい何なのでしょう」

 あっと驚かせることは観客を引き込む技術の一つではあるが、これはあまりに突拍子もない。

 ぽっぷこーんと瑠璃牡丹。

 関連性がない。

「皆さんが喜ばれていることだけが救いですよ。やれやれ。私を驚かせてどうするんですか」

 本来なら幻想的な光景が目に飛び込み、一同が海に潜った体験をさせるつもりであった。

 それが空からぽっぷこーんが来て、観客の意識が美味しいに塗り替えられてしまってはなかなかに困った。

「ゼアミが動揺を隠しきったお陰で混乱にはならなかったんだし、どう? お疲れ様会の前祝いに一杯?」

 どこから出てきたのか、一升瓶を掲げていた。

 もう栓は開いている。

「お言葉に甘えて、いただきます」

 瑠璃色の世界を回遊する魚になった気分で、ぽっぷこーんをつまんだ。





(20230529)