なんだったかしら。
どうだったかしら。
私がいる。
私よ私。
私ったら私。
私、かしら。
私は私をご存知かしら。
私さんはね、確か……そう……
敵対者がいて戦っていたの。
本当に。嘘みたい。信じられないわ。
でもきっとそうよ。根拠はないけれど自信があるの。
一人で頑張っていたの。
血だらけになりながら必死に敵対者とやらと戦い続けていたのよ。
おかしいわね。
違う気がしてきたわ。何故かしら。
そうよ。私が血を纏うことはなかったわ。
だって私の周囲にはいつも英傑がいたもの。
英傑?
……何? 誰のこと?
じゃあ、私も英傑……?
いいえ、違うわ。
────私は独神。
眼下の景色は変わらないが、霧が晴れたように清々しい気分だ。
もう間違えない。
私は独神。
手足となる英傑を率いて八百万界を守護する役目を与えられし者。
己の情報が頭に流れ込むと同時に、様々な疑問が噴き出してきた。
ここはどこだ。
英傑たちはどこへ。
未知が薄闇となって心を覆い、ひどく不安になる。
足元が覚束ないと言うが、確かに海月のようにふわふわと浮いていては良い案も出ないだろう。
私はふと気づいた。
何もないなら作れば良いのだと。
足元を支える何か。
考えよう。
なんであればこの両の足を支えられるのか。
……石、土、木。
そう。部屋だ。
板張りの床の部屋。
具体的な広さは……
八畳?
そんな大きさではない。
十畳?
まだまだ小さい。
では、六十畳くらいなんてどうだろう。
すると、目の前に六十枚の畳が敷かれて、それらが板敷きへと形を変えた。
目にすると、喧噪が胸に溢れてきた気がした。
きっと、合っている。
私はこういう部屋で一日の殆どを過ごしていた。
思い出が染みついた部屋は見ているだけで涙が頬を伝う。
楽しい記憶たち。
一人で作ったのではない。
誰かがいた。
沢山いた。
なのに誰一人として顔も名前も思い出せない。
今この世界にあるのは私自身の感情だけ。
私が独神だと自覚した時のように、板間が現れたように、私が記憶を取り戻せばこのまっさらな世界が埋まっていくのだろう。
英傑という者のこと、この場所のこと、時間をかけて思い出していきたい。
私は板間に大の字になった。
踏まれて磨かれたのか、少しの光でも反射する床が愛しく感じた。
どんなひとがここを歩いただろう。
ドシンドシンと足音を響かせる者も、反面一切音を立てない者もいた。
また稀に使い分けて翻弄する者もいた。
そうしてぬるっと現れては私を驚かせた。
ぬるっ。
ぬる……?
ぬるぬるぬるぬるぬらぬるぬる。
「ヌラリヒョン?」
その時だ。
私の目の前にぱっと黒い衣装の男が現れたのは。
「ああ。主《ぬし》ではないか。何か用はあるか?」
お互い久しぶりなはずだが、あまり実感がなかった。
道ですれ違った時の調子だ。
「あなたのこと考えてたの」
「それは光栄だな。ここに足を運んで正解だった」
思い出したから、実体化出来たのよ。
そう言っても真意は伝わらないだろう。
ヌラリヒョンはさっきまで、ここにいさえしなかったことを自覚していないようだから。
「紫陽花の頃のこと覚えているかしら。輪っかの」
「ああ。人族たちが色めきだっておった指輪のことか?」
「そうそれ。特に意味はないのだけれど、ふと思い出して」
直接関係のない出来事も覚えているようだ。
「じゃあ……琉球旅行は?」
「行ったなあ……。沈む夕日がさざ波に揺られて美しかった」
旅行の記憶も現地の記憶も存在している。
ならば。
「誰と行ったか覚えてる?」
「……誰。……はて…………。耄碌したのか忘れたな。主《ぬし》がいたのは鮮明に覚えているのだが。其方に目を奪われてばかりだったのかな」
冗談めかして言っているが、多分本当に覚えていないのだ。
じっとしているので、思い出す努力はしてくれているようだが、待てども名前は出てこない。
「さっきから過去を振り返ってばかりだが、何かあったのか。儂で良いなら力を貸すぞ」
「ありがとう。じゃあこのまま少し話に付き合ってもらえる?」
「心得た」
しかし困った。
ヌラリヒョンの記憶は当てにならない。
あくまで私自身が思い出さなければ、世界は白いまま。
「ねえ、私とあなたって密な関係ではなかったわよね? ……あ、いえ、違うのよ。そういう意味ではないの」
「言いたいことは判っている。儂と其方は、英傑と主であって特別な関係はなかった。
他の者の方が其方と親しかったのではないか」
「そうねえ……。よく話していたのは忍かしら。伝令や情報収集でよく働いてくれたから」
話の流れで急に思い出した。
沢山の忍に囲まれる光景を。
「よく、口煩く言われていた気がする。
隠し事なんて一つも許されなくて。でもそれほど嫌ではなかったの」
「信頼していたのだな」
……ということなのだろう。
己を暴かれることは気分が良いものではない。
自分の近くに他人はいて欲しいが、近すぎると毒になる。
忍たちが毒にならなかったのは、距離感を弁えていたからだろう。
他人に踏み込まれたくないぎりぎりを常に見極めていた。
「忍は使い捨て……ってよく聞いた気がするわ」
しかし私はそう思っていなかった。
一人一人に情を持っていた。好きだった。大切なひとたちだった。
危険なことばかりさせてしまうことが申し訳なくて、私は出来るだけみんなの要望に答えた。
決して義務感ではなかった。
好きでやっていたこと。
けれどなかなかそれを伝えられなかった。
信用してもらえないことも多かった。
気持ちが伝わらず、切ない思いも何度もした。
「……あ。フウマコタロウ……。忍はフウマコタロウよ!」
私たちの傍に、赤毛の長身の男が現れた。
「あれ。独神ちゃんじゃん。げ。ヌラリヒョンまでいる」
いきなり嫌な顔をした。
「こんにちは。元気……?」
「独神ちゃんの顔見たから元気だよ。どうしたの?」
さっきまでに魂すらなかったことには、やはり気づいていないようだ。
「フウマコタロウは忍、よね?」
「そりゃそうでしょ。え、大丈夫? 頭打ったの? ヌラリヒョンに腐った饅頭でも食べさせられた?」
「濡れ衣だ」
迷惑そうにしている。
今更ながらヌラリヒョンとフウマコタロウは仲が良いとは言えない関係であったことを思い出した。
というより、フウマコタロウは外敵と認定した者にはあからさまな態度を見せるような人だった。
「……独神ちゃん、冗談じゃなくて本当に大丈夫なの」
真剣なまなざしが懐かしかった。
「私、元気よ。フウマコタロウがいてくれて、今、安心してるの」
本心だった。
「なら良いけど」
急にそっけなくなった。
でも、私は判っている。
「照れてるの?」
「もう。そういうのは僕の役目でしょ!」
笑ってた。
そうやって私たち、よくからかいあって遊んでいた。
「独神ちゃんが赤くなってよー。ねーってばー」
「はいはい」
「ほら。すぐ冷たくする。サイテー」
下らないやり取りで幾分気持ちも明るくなった。
ヌラリヒョンも穏やかな表情で私を見ていた。
「この調子でやっていこうか」
「やるって何を?」
「ちょっと待ってて」
確か、六十畳部屋の周囲には廊下があった。
それは外に面していて、庭を一望出来た。
一面の緑には季節の花が咲き乱れて綺麗だった。
私は見るばかりで管理は一切しなかった。
多くのひとが景観を整えて、私に安らぎを与えてくれていた。
……ほら。
私が描いた通りに廊下と庭が現れた。
また少し世界が埋まる。
「長すぎない? なーに考え込んでんの」
フウマコタロウが後ろから抱き着いてきた。
思考の妨げになるほどではなく、あまり気にならない。
「少し、出過ぎではないか」
ヌラリヒョンだ。フウマコタロウの肩を掴んでいる。
フウマコタロウはすっと離れた。
「それって英傑としての意見?」
嘲るように言った。
これでも、外では人当たりの良い青年なのだ。
出会った時もそう。
次第に化けの皮が剥がれて、本来の性格を隠さなくなった。
特に忍を相手にする時は、いつ武器を振るってもおかしくないくらいにいがみ合っていた。
流派が違えば商売敵で、しかも流派の頭となれば致し方ない。
風魔から見て伊賀は最も警戒すべき流派の一つだったのだろう。
だからハットリハンゾウにあんなに絡んで。
「……ハットリハンゾウ」
名を呟くと、板間に青みがかった髪の毛に片目を覆われた男が現れた。
肩には巨大な猫がいる。
琥珀のような四つの瞳が私に集う。
「主《あるじ》。仕事か?」
早々にこれとは、相変わらずだ。
「そうだよ独神ちゃん! 僕にまず仕事振ってよ。こんなのよりずっと優秀だよ」
「寝言は寝て言え」
競うように強請った。
「じゃあこの辺りのこと調べてくれる?」
御意と声が重なり、消えた。
「忙しない者たちだ」
自分には考えられないと、ヌラリヒョンは座っている。
やる気がない。
そんな風に見られるヌラリヒョンだが実は違う。
いつもじっと息を潜めて、周囲を見て、その時最善と思った手を打つ。
確かに瞬発力はない。だが動く時には必ず結果を出す。
先程の忍二人は瞬発力は突出していて、頭も回るし、決定力もある。
ただ影の者の宿命で表に出られない。
反面ヌラリヒョンは顔が広く、特に年配の者にはよく知られている為、姿を見せるだけで人やクニを動かすことが出来る。
英傑達は互いの長所を生かして敵対勢力排除に取り組んでいた。
「あなたは二人が現れた瞬間を見ていたはずよね」
「しかと見ていた。まるで空間を移動したように突如現れた」
見え方は私と同じだ。
「ハンゾウと昔、何かあった? ただの確認だから日常の些細な事で良いの。都合の良いものの中から教えてもらえないかしら」
「些末な事で良いのならば。……そうだな。伊賀の者とあまり関わりがない。だが猫の方は時折夜の散歩に見たな。あの目だ。闇の中でも目立つだろう。特に儂は夜も昼同様によく見えるからな」
本当に日常の一場面だ。
ちゃんとハンゾウとの記憶はある。私と同じだ。
つまり、一度世界に召喚すれば過去も丸ごと思い出せる。
「その記憶の中に、誰かの気配はある?」
「儂と、フウマコタロウと、ハットリハンゾウと。……すまぬ。それ以外に誰がいたかは皆目見当がつかぬ」
「ええ、ありがとう」
何度やっても他者の記憶から辿ることは不可。
私自身が、思い出さなければならないのだ。
「さっきからどうしたの。やけに落ち着かない様子ね」
「ん。ああ。折角の縁側に腰かけたは良いが、何か足りぬような気がしてな」
私は庭とヌラリヒョンを同時に見た。
この横顔に覚えがある。
よく二人でお茶を飲みながら庭を眺めた。
皆がふざけ合ったり、本気で喧嘩するのを見て、のんびりと過ごした。
「あ。お茶じゃないかしら! そうよね。あなたいつも休憩したい頃にやってきてお茶とお茶菓子を持ってきてくれていたわ」
廊下の先をずっと行く。
ひたすらに歩いていくと、調理場のある建物に繋がっている。
そうそう。
本殿はとても広かった。
来たばかりの英傑は、自室が判らず迷子になることも多々あった。
だから迷わないように、柱に部屋割を記した紙を掲示した。
私が歩く度、少しずつ柱が生えてきた。
それに伴い、床も生成され、屋根も出来た。
出来たばかりの襖を開けてみると、がらんとしていた。
私はその部屋の主の名前を思い出せていない。
思い出していかないといけない。
とりあえずは調理場へ行こう。
数百人分の料理を作るので調理場は通常の民家の数倍広い。
そうだ、ここには数百人いたんだ。
今はまだ三人しか判っていないけれど。
全員、思い出せるのだろうか。
不安ではあるが、思い悩んでも仕方がない。
廊下の終わりの調理場に着いた。
大小合わせて十のカマドがあり、棚には調理道具が整然と並んでいる。
棚から鍋を取り出し、井戸で汲んだ水を入れた。
湯が沸くのを待つ間、台所をぐるりと回った。
茶菓子でもあればと思ったが、食事の材料しかない。
そういえば、今の半端な世界でも腹は減るのだろうか。
そうであるならば、米を炊いておいた方が良い。
「タワラトウタ、米ちょうだい」
「任せな!」
思わず三度見した。
赤毛の男がちゃっかりいるではないか。
「なんだ? 主君。まさか百足《むかで》か!?」
「大丈夫! 違うの。考えごと」
「なら良いけどよ。俺様が炊いといてやるから、主君は仕事に戻ってくれて良いぜ」
仕事で頭がいっぱいだと思ったのだろう。
タワラトウタは茶の用意までしてくれて、私は盆にのせて運ぶだけになった。
侍でありながら台所仕事を厭わないので、私は討伐以外でもよく世話になった。
特に夜食に持ってきてくれる塩むすびは絶品で、太るぞと言われながらもよく食べた。
それにもし食べられなかったとしても、ガシャドクロが全部食べてく、
「独神サマ……何か、食べ物はないか?」
かすれた声で廊下に倒れている妖に、心配するより前に笑ってしまった。
「ごめんね。今、タワラトウタにご飯炊いてもらってるから。もう少しだけ、待ってくれる?」
「タワラトウタか……。この際生米で良い」
私が飲む予定だった茶を飲ませて多少胃腸を誤魔化し、ガシャドクロは台所へ這って行った。
ヌラリヒョン、フウマコタロウ、ハットリハンゾウ、タワラトウタ、ガシャドクロ。
五名。
まだまだ部屋の数には足りないが、この調子ならきっと全員思い出せるだろう。
◇
随分思い出したはずだ。
二百人以上になった。
本当にこれで全てだろうか。
私は、誰か見落としていないか。
部屋は、本当にこの数だったか。
自信がない。
英傑達に知られないように。
私は書をよみ、各地を回り、あるかも判らない記憶の欠片を探し回った。
「捨てられた方はいつまでも忘れないけどね」
貸本を読み合っている時、ヒルコが言った言葉だ。
本の内容に対する意見だったが、私の心にはしっかり刺さった。
私が忘れてしまった"誰か"は私を許さない。
全員思い出し、この世界に呼び戻したい。
その気持ちはいつまでも変わらない。
しかし限界だった。
完全に行き詰っていた。
ある夜、既に床についていた私の元に一人の英傑が尋ねてきた。
「こんばんは。独神サン」
「ツクモ……?」
私は蒲団の上にかけていた白衣を羽織り、襖を開けた。
「どうしたの? 何か困ったことでもあった?」
酒盛りの声が煩い。
喧嘩が勃発した。
突然本殿が爆発した。
等、本殿には様々な問題が日々発生する。
「困っているのはキミじゃないかな」
ツクモがツクモではないようで、薄ら寒さを感じた。
「何のこと? 私は特に悩みなんてないわよ。みんな元気でいてくれているもの」
「みんなって? 独神サンの中ではもう”みんな”揃ったの?」
私は警戒心を強めた。
世界の秘密を、英傑が知りうるはずない。
そのことは無作為に選んだ英傑に確認し、念入りに調べ上げた。
「……ツクモ」
「心配しないで。ボクはボクだから。正真正銘、本物のツクモだよ」
魂の形はツクモに違いない。
しかし。
「ボクは特別なんだ。だから知っているよ。
独神サンが英傑の影を探しまわっていること」
ツクモは薄い本を取り出した。
表紙には何も書かれていない、白い本。
「ここに、独神サンの今までが記されているんだ。
この世界が消える前の本殿のようすがね。
例えば、〇△●□年●×月×◇日に百花繚乱。
その次は黒箱祭、その次はシュテンドウジサンが逃げたでしょ。
その次には秘境の埋蔵金……覚えてる?」
覚えていない。
なんのことだ。
「キミが最初に一血卍傑をして産魂《むす》んだ英傑も書かれているよ。
最後の一血卍傑も」
「ちょっと待って。さっきから何を言っているの?」
私の記憶にあるものとないものがある。
最後の一血卍傑とは。
「独神サンが知りたい、英傑の情報もここに書かれているよ」
ツクモは白い本を閉じ、私に差し出した。
「ただし、後悔しないようにね」
私は全員思い出すと決めた。
後悔なんて恐れない。
しかし、事が事なので私は慎重な行動を心掛けた。
「これを見たら何があるの。どう後悔するというの」
「この世界にいるのは君だけだよ。だから誰も君を責めない。誰も君を否定しない。
それでも、確認したい?」
「それは見捨てる、ってこと?」
「違うよ。生まれてもいないものは捨てられない、でしょ?
独神サンは頑張ったよ。
ずっと一人で君が愛した英傑達を探していた。
一人残らず、この世に具象化しようとしていた。
でも最近は思い出せなくなっているんだよね?」
認めていいのか判らず、私は黙った。
「独神サンは優しいね」
慈愛に満ちた笑顔を浮かべた。
「ボクはもういいと思っているんだ。
これ以上前の物語に囚われることはない。
せっかく新しい物語を紡いでいるんだから。
読者としては、過去をなぞられるより、新しい舞台、新しい配役、新しい展開が見たいんだよ」
「でも。昔の話があっての今でしょ?」
「うん。だからもう十分じゃないのかなって」
私自身、今の生活に不便も不満もない。
最近は海賊船のお宝が眠っていると聞いて、伊予之二名島《いよのふたなのしま》へ行った。
それは結局イザナギが出し損ねたイザナミへの恋文で、余計なことを言ったイザナギによって大変な事になった。
他には、過去へ飛んだこともあった。
向こうの私はひらひらとした服を着て、人々の前で歌って踊っていた。
その私が舞台上で殺害され、私たちは犯人を捜さないと元の世界に戻れないなんてことも。
他には、四年に一度現れる温泉宿。
千年前から変わっていないせいで客が減り、なんとかして欲しいと独神の私に頼んできたのだ。
私たちはおもてなしの精神で色々考えたのだが、それがろくに受けなくて……大変だったなあ。
真っ白な世界から始まり、私は飽きない日々を過ごしている。
英傑達とも仲を深めていて、前より仲良くなった者も少なくない。
楽しい。
私はとても楽しく、幸せに暮らしている。
けれど具現化を待つ英傑を思って楽しみ切れていない。
「過去の記録を見ると、今君が楽しんでいる思い出に綻びが発生する。
世界が”間違い”と判断すれば、新しい世界の記憶は改変される。
例えば、英傑1はキミのことを好きだとする。
でも本当は英傑1には、英傑2という婚姻関係にあるひとがいるんだ。
キミが英傑2を思い出していないから、英傑1は英傑2という配偶者が記憶から消えて、そこにキミが入った形で収まった。
もしキミが過去を知れば、キミを好きな英傑1がキミに対して行った全ての記憶は削除される。
なかったことになるんだよ」
みんなとの思い出が消える?
なかったことにされる?
「過去の方が優先度が高いのが原因だよ。
キミと英傑が作り上げてきたものを、キミは壊しても良いと言うの?」
私は深い溜息をついて気持ちを鎮めた。
大事なのは、今か、昔か。
天秤に乗るのは同じだけ大切なものなのに、一方しか選ぶことが出来ない。
「キミを断罪できるひとなんてどこにもいないんだよ」
そうかもしれないけれど。
私が諦めてしまえば、その魂は二度と。
「キミが楽しんでいることを、みんなは望んでいる。
今の生活をみんなも楽しんでいるのに、キミ自身が壊しても良いの?
新しい記憶はキミにとって大事なものじゃないの?」
私だけが楽しいのならば迷わず今を捨てただろう。
けれど、みんなも楽しいと思って、大切に思っているのものならば捨てられない。
全てを壊す白い本を見た。
過去か今か。
私は結論を下した。
「……やめる」
「良いの?」
意地の悪いことを言う。
けれど、私は再度答えた。
「やめる。この本は見ない」
「そっか」
ツクモに本を返そうとすると、過去の物語は発火した。
頁が黒い欠片となって飛んでいく様を最後まで眺めた。
「惜しい?」
私は首を振った。
「気にならないというと嘘になるわ」
私が漏らした弱さを聞いて、ツクモは笑った。
「キミには必要ないよ。この先の物語はキミの手で書くんだから」
(20230521)
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自本殿シリーズは自分のゲーム内容を反映したものだった。
なので、ゲームが終了してからは更新停止。
自分自身も書きたい欲求はなく、頭は新しい長編(連載中)の方にいってしまった。
最近自分でプログラムを書いてゲームのホーム画面(=お伽番画面)を再現した。
つついたらキャラクターが一瞬縮小し、ランダムでボイスが流れる。
単純なものだが、出来上がったものを見ると込み上げるものを感じた。
新たに生成されるのは非公式のみとなった現在、公式により与えられた情報を取捨選択して編んでいく。
見えた景色、読んだ情報、感じた感情は十人十色で、八百万の世界が点在している。
同人といえば代表的なものは漫画・イラスト・小説であるが、プログラムを通して創造とは無限に広がることを知った。
なんでもいいんだなあ。
サービス終了から数年経過した今は、そんな心境である。