五年目のふたりは


「オレの物になれ! さればこの世の全ては貴様のものだ」
「主人《あるじびと》! 今日こそ婚約を結べ!」
「主人! 他の英傑を捨ててオレだけを見ろ!」
「主人! 今夜はオレと過ごせ!」
「主人、オレと血代固を作るぞ!」
「主人、……いやもう無理に食べろ食べさせろとは言わない。だが作るだけならオレを選んでくれないか」」
「主人。オレと遠征に行かないか。すぐそこまでだ。日が昇っている間に帰還出来る」
「主人……花廊までオレと来ないか? なんならすぐそこの部屋まででも」
「主人。……オレを見てくれるだけで十分満たされたさ」
「主人。……。いいや、なんでもない」

 毎年毎回熱烈な誘いと告白をされてきた。
 色々な理由をつけて断る度に腰が低くなり、最終的には耳を垂れ下げた犬のように見えてくる始末。
 最初は高慢な所が嫌いではっきり断っていたが、数年も想われ続けるうちに可愛く見えてきた。
 だから今年で五年になるし、アシヤドウマンからの申し出を受けようと思う。
 そこで丁度良い事に、あと数日で『くりすます』だ。
 こういうお祭りで、ドウマンは何かしら贈り物を用意し、他の英傑を押しのけながら私に一番に贈り物を渡し、結婚するよう迫ってくる。
 今年もそうだろう。その時に受けよう。

 『くりすます』当日。
 例年通り、祭りが始まってすぐに英傑達が私の傍にやってきて、贈り物を渡しに来てくれた。
 私はお礼を言いながらも内心困惑していた。
 いつも一番に来るドウマンがいなかった。
 本殿にはいるはずだ。
 今日は忍たちが外で警戒態勢をとっており、他に見回りを希望する者達には時間制で周囲を見てもらっている。
 その中にアシヤドウマンは入っていないことは確認した。
 だからここに必ずいるはずなのに。

「主どうしたの? いつものアレは?」

 他の英傑たちも恒例と化したアシヤドウマンがいないことに首を傾げている。

「さあ……?」

 そのうち顔を見せるだろう。
 私は不思議に思いながらもいつも通り英傑達と『くりすます』を楽しんだ。
 ────終わってもアシヤドウマンは顔を見せなかった。
 片づけをしていると、オオクニヌシに「大丈夫か?」と声をかけられた。

「主君、浮かない顏だが無理しない方が良い」
「そんな事ないよ」
「ここは俺たちに任せて先に部屋に戻ると良い。なあに、この程度の片付けならすぐに済むさ。……問題は酔いつぶれた奴らの対処だからな」
「でも」
「おーい。主君は疲れてるみたいだから先に休んでいいよなあ!」

 呼びかけを耳にした英傑達が口々に「大丈夫?」「早く寝た方がいいよ」と仕事を取り上げ、私は手持無沙汰になった。
 仕方なく部屋に戻る。

「はぁ……」

 吐き出せなかった溜息を盛大に落とした。
 アシヤドウマンが一度も来ない。顔も見せない。
 こんなこと、彼と出会って初めてのことだ。
 何かあったのだろうか。それとも……。
 原因に、心当たりがないわけじゃない。
 多分、彼を待たせすぎたのだ。
 何度も断られて諦めなかった今までが異常だった。
 私が今年は受けると決めたように、向こうも今年は終わりと決意したのかもしれない。
 五年目になってようやく、ひとの想いがままらないことを知った。
 不思議な心地だ。得も言われぬ喪失感が、所謂フラれるというやつなのか。
 こんな辛さにも怯まず何度も話しかけ続けた胆力は尊敬に値する。
 私なんてたった一回でも苦しいのに。
 気を紛らわせる為に、片付けの手伝いをしようかと思った、丁度その時。
 青白い式神がふよふよと目の前を横切っている。
 私に見られていることに気づいた式神はゆったりした動きで私に近づいた。
 ぽんっ、と弾けた音がして薔薇の花束へと変わり、突然の事で掴むことに失敗し膝の上に落ちた。
 花と花の間から式神が顔を出し、私と目が合った。

「どうだ! 主人よ、オレがいない間恋しくてしかたなかっただろう?」

 顔を上げると目の前にいつの間にか赤髪の陰陽師がいた。
 驚きで声が出ない私に、得意げに語り出す。

「押して駄目なら引いてみろ。古典的方法だが主人には効果覿面だったようだな!」

 気分良く大笑いをしている。
 普段なら苛々するところだが、ほっとしている自分がいた。

「主人がオレを探す様は見物だったぞ」

 馬鹿にされて少し腹立たしい。が、

「……オレの存在はまだまだ主人に届いていないものと思っていたんだがな」

 はにかんだ表情を見ると気が削がれ、同時に罪悪感も沸く。
 今まですげなくしていた分、優しくしてあげようと決めた。

「では祝言を挙げるぞ」
「早⁉」
「オレと主人とだけだ。構わんだろう?」

 さっきの決意を早速反古したくなった。話が早すぎる。それに何も言っていないのに勝手に決めつけられている。
 自己中心的なドウマンは服の中から呪術の道具を取り出し、儀式でも始めそうな様子。
 もしかして祝言の意味が判っていないのかこの陰陽師は。
 だがこうやって話せることに自分が高揚しているのには違いなく、私は黙って眺めていた。

「簡易的だが完成だ。主人、手を出せ」

 私の自室の畳に正体不明の液体で書いた円の中に立たされた挙句に手を所望された。
 渋々手を差し出すと、これまた謎の液体で手のひらに文字が書かれた。

「あのぉ……。これ、どういう意味?」
「黙っていろ」

 なら説明しろ。と心の中で思った。
 ドウマンも同じく自分の手に文字を書くと、私の掌の文字にかざす。
 ぶつぶつと唱えた後、その文字は体内へとずぶずぶと潜っていった。
 慌てて爪で掻いたが、外へ掻きだすことは出来なかった。

「ちょっと! これなに」
「死の呪いだ」
「はぁ⁉」

 思わず丁度交差していて掴みやすい胸ぐらを掴んだ。

「裏切ったら死ぬ。それはオレも同条件だ。良いだろう? 互いに首を握り合うのも」

 頭おかしいんじゃないの。
 ……私はドウマンのこういう所が嫌いだ。
 趣味が悪い。
 話が通じない。
 常識がない。
 裏切るという表現もまた抽象的で嫌だ。
 呪いの発動条件を事前にきちんと話し、私が了承してから行ってもらいたいものだ。

「……はぁ」
「どうした?」

 私の気も知らないで「どうした?」と言える神経が憎々しい。
 それなのに、呪いに恐怖を感じない自分が末恐ろしい。
 怖いと感じるどころか、楽しいとさえ思っている。
 アシヤドウマンという奴は、私の予想の斜め下の動きをする。
 だがそれ故に私はいつも驚かされ、遠慮なく怒り散らす事も出来る。
 こうやって、私に刺激を与えてくれるところはドウマンの嫌いじゃないところだ。
 ドウマンとなら、この先もずっと飽きることはない。

「心配しなくていい。オレが守ってやる。界帝もオレの術で消し去ってみせるさ」
「はいはい。お願いね」

 無茶な事を言って笑うドウマンに愛しさがふつりと湧いてくる。不本意だが。
 私も随分と絆されたものだ。

「おっと忘れていた。……主人。愛している。どうかオレと永遠を誓ってくれ」
「……返事聞いてから呪うでしょ。フツー」

 私はゆっくりと「は」の口を作った。



(20211225)
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【あとがき】

 公式の中でも色々な顔を見せるアシヤドウマン。
 人でなしから香る妖しげな色気と偶に発動する天然、と盛り沢山なキャラなので書きにくい。
 大切にするとは言うけれど、世間で言うそれとは若干異なるかもしれない。
 でも、アシヤ基準では大事にしているのだと思います。