「絶対に、他のヤツには言うな」
殆ど物のない自室で、アマツミカボシは恋人である独神に強く約束させた。
この関係は決して他人に漏らさぬようにと。
何故かというと──
「ほら、やっぱり付き合ってんじゃねえか」
「付き合ってません! そんなことないです!!」
ロキが囃し立てると、独神はむきになって言い返した。
「あ、アマツミカボシは一人が好きなんだから! 私とここここいここいびびとなんてありえないでしょ!!」
「いやどう考えてもありだろ。ゴシュジン動揺しすぎ。おもしれ」
ほぼ毎日行われる酒盛りに、たまたま独神が参加し、たまたま恋愛の話になり、たまたま経験の有無の話になったのが運の尽き。
最初は冷静に受け流していた独神であったが、話が生々しくなるにつれて耐えきれなくなり、失言を繰り返すようになった。
場の全員がほどほどに酔っている状態で、真っ赤な顔してどつぼに嵌る独神は格好の餌食だった。突いて遊んでいると、そこでぽろっと零したのだ。
──「アマツミカボシとはそんな事してないもん」と。
程度の差はあれど独神の事を誰もが想っている。そこで飛び出した一人の英傑名。
根掘り葉掘り聞くのは当然である。
引き裂けるのか?
それとも手遅れなのか?
「大体手を繋いだ事ないんだから! ああアマツミカボシとは全然、ふ、普通だよ! 普通!」
心の中で笑ったのはいったい何人の英傑か。
なんだ、まだ間に合う。
そう思った者達が一斉に独神を惑わす言葉を紡ごうとしたその時。
「貴様ら、いつまで馬鹿騒ぎをしている。他所でやれ!」
渦中の英傑アマツミカボシが、煩すぎる集会に物を申しに来た。アマツミカボシは不機嫌そうに辺りを見回すと、背を丸めた独神が赤い顔で訴えるような瞳をしているのを見つけた。つかつかと闊歩し独神の腕を掴んで無理やり立たせる。
「独神ならば弁えろ。部屋に戻れ」
乱痴気騒ぎから引き離そうとすれば、ロキが待ったをかける。
「送り狼にならなきゃいいがな。他のヤツにやらせた方が安全じゃねえの?」
挑発に乗りやすいアマツミカボシであるが何も答えなかった。
他にもなんやかんやとアマツミカボシに対する中傷や煽りがあったが全て無視した。
携えた剣を振る選択肢もあったが、優先すべきは独神を一刻も早く他の者から隠す事だった。
無事部屋に連れてもらった独神は、ゆるゆると腰を下ろした。
静かな自室でようやく力を抜く事が出来たのだ。
独神が畳の目を数えていると、アマツミカボシが口を開いた。
「
独神は首を振った。
「何もないよ。でもごめんね。あなたとお付き合いしている事ばれちゃった」
眉尻を下げ切って謝罪すると、アマツミカボシは「気にするな」と言って頭を撫でた。
指先が髪の毛を流れに沿って梳いていく。独神はほどよい刺激に身を任せた。
ふと、視線が交差すると、ゆっくりと顔を近づけ接吻した。ほんの少し触れるだけの接吻が数回続き、独神が呼吸を求めて身を捩ると、アマツミカボシは独神の背に腕を回し舌を忍び込ませた。
アマツミカボシの舌が意思をもった生き物のようによく動き、独神の口内を嬲っていく。下唇を甘噛みし、上唇を吸い上げ、舌先に歯を立てられると目の前が揺らめいた。
それは独神の中に初めて生まれた、性欲を伴う熱情であった。愛しい者から与えられる甘やかで時に痛みを伴う接吻は、子孫を残す必要のない独神の身体を変貌させた。このひとがほしいと、身体が欲する意味がようやく理解出来た。
もっと欲しいと身体は願うが、独神としての思考が彼女を冷静にさせた。
「ねぇ、このままするの……?」
口付けを続けるのかという問いであったが、口付けの先を知るアマツミカボシはそうは受け取らなかった。
「っ。すまない」
独神から離れ大きく息を吐くと、落ち着いた声色で言った。
「ヤツらのせいでしたなどと思われては堪らないからな。それに、今日はその時ではない」
アマツミカボシは独神に寝るように促し、自分はさっさと部屋から退出していった。残された独神はいつものように蒲団を敷き、蒲団に足を入れると天井を見つめた。心地よい温かさが彼女を現実に戻す。
(く、くちづけって、こんなに激しいものだったの!? し、舌入ってきたよ? おかしくない?)
独神は己の身体を抱きしめて右へ左とごろごろと転がった。本当なら叫びたいくらいであったが、残った理性が無事奇行を抑えつけていた。
(おかしいって。明日誰かに聞こう!)
早鐘を打つ胸に翻弄される独神が、明日女英傑の誘導尋問に見事に引っかかり、アマツミカボシとのやり取りが余すことなく本殿中に広まるのであった。
再び玩具にされ、アマツミカボシにも飛び火することになるが、付き合っていられないので話はここまで。
(20220319)
-------------------
【あとがき】
ツイ・支部にのせたもの。
アマツを困らせるのが大好きなので、おっちょこちょい・あほ等の属性がついている独神との組み合わせ好き。