四周年記念話(ほぼ全ての英傑が出る)-その7-

「……チヨメさん、今日は朝ご飯を少し遅くとる方が良いよ」

クダンは早朝の見回りから帰って来たばかりのチヨメに、後ろから自信なさげな声で忠告した。

「あら、このアタシにアナタの目に見えるような凶事が降りかかるの? なら言う通り遅くしようかしら」
「いや、チヨメさんだけじゃなくて……みんなにで……」

突然、広間がどっとざわついた。
そこそこの声量をあげ、何人かは部屋を飛び出しているのが見える。
クダンは頭を抱えて嘆いた。

「ああ……やっぱり……。主《あるじ》様の事聞いちゃったんだ」
「頭領さんですって!? どういうことなの!?」

自責の念に囚われるクダンの両肩を掴み、知っている事を洗いざらい吐かせた。

「嘘……でしょ……」

チヨメは地面に崩れ落ちた。その痛ましい姿にクダンの胸が痛んだ。

「ごめん……結局防げなかったね……僕なんて凶事を見るだけだから……」
「判るだけで十分よ。申し分ないわ」

チヨメは顔を上げ、立ち上がった。

「さあ、クダンさん。行くわよ!」
「え。どこへ?」
「頭領さんの相手探しよ。アナタの予言の力を存分に揮ってもらうわ。
 アタシにとっての凶事を突き進めば絶っ対、頭領さんの相手が見つかるはずよ。うふふふふ。
 大丈夫、アタシはやれる、忍なんだもの、やれるやれるわ。ダイジョブダイジョブダイジョブ……」

ぶつぶつと呟き、泣きながらも笑っている。
断ろうか、どうしようか。そうやってもたもたと悩んでいる間に連れて行かれてしまった。

「遠慮なんていらないわ。アナタはどんどん凶事を見てちょうだい!」
「(この事の方がよっぽど僕にとっての凶事だよ)」

クダンがそっとチヨメの顔を見やると何事もなかったかのような横顔がそこにあった。
さっきのやり取りが嘘のよう。

「(本当はまだ辛いだろうに。チヨメさんの凶事を伝えて続けて大丈夫なのかな……)」










爆弾発言から一夜明け、本殿のそこかしこで作業を行っている。
が、続く作業に、少し飽きてきている者もいた。

「休憩ニャ~」

ひんやりとした木陰で即眠りに落ちるネコマタ。
そのネコマタを起こしに来たロクロクビも、あまりに幸せそうに寝る姿を見て自分も一つ欠伸をする。

「ふあ……眠いな……。どうしてだろう……。身体も痛いし……。
 もしかして夜の私がまた何かしたのかな……」

ゆらゆらと揺らしても「うにゃうにゃ」と言うだけで起きはしない。

「……少しくらいならいいかな」

一人分くらいの間隔を空けて、ロクロクビは身体を横たえた。
地面から伝わる英傑の足音や作業の振動が、ロクロクビを夢の世界へと誘っていった。

「……こーら。ここも掃除するんだから、二人とも起きなさい。
 …………、しょうがないんだから」

くすりと笑うと、ハハキガミは二人の周りだけをしっかりと掃きとった。










「……すごい。あ」

口に出してしまって、ガゴゼは恥ずかしそうに顔を背けた。
すると、言われたニギハヤヒは作業を続けたまま、

「舟の修理みたいなものさ。細かい作業は嫌いじゃないんだ。
 ……ところで、カミキリ。少し離れてもらえないかな」
「っ……!!」

ニギハヤヒの背後へにじり寄っていたカミキリが、脱兎の如く逃げていく。

「髪が欲しかったのかな。でも長くもないのに」

ガゴゼが首を傾げると、

「カミキリも主君に何かしたい気持ちは同じだからね。その為におれの十種神宝(とくさのかんだから)の力を借りたいみたいなんだ」
「なにそれ?」
「簡単に言えば呪具だよ。これで死者をも蘇生できる、なんて事もよく言われるよ。
 ……それで、そんなに強い道具なら失った髪をも蘇らせられるのではないかと曲解したみたいでね」
「それと主《あるじ》さんのお祝いって、何も関係ないよね?」
「おれも詳しくは聞いてないから……」

ニギハヤヒの手元を見ながらも、ガゴゼは「髪の蘇生」について考えていた。

「(僕もまた頭髪を剥がされたらニギハヤヒに……いやいや、駄目だ駄目だ)」
「どうしたんだい?」
「大丈夫! 僕はふさふさだから!」
「ん? ああ……?(もしかして、ガゴゼは髪について悩んで……それとも、本当は主君が悩んでいるんじゃ)」

勘違いが生まれかけた瞬間だった。










「お料理に必要なものを採ってきてって言われたけど、今回は沢山の種類があるね」

書き付けを見るマカミの手元を覗き込んだクダギツネが言った。

「山のもの。食べられないもの、沢山ある。神平気でも、人駄目なの多い。反対もそう。だからよく見る、絶対」

マカミが強い口調で注意をし、見分けるべき点を教授した。
そして、英傑たちはそれぞれ分かれて食材となる山の幸を探しに行った。

「……これ、ん〜どっちだろう。大丈夫だよね!」

イナバは持ってきた籠にぽいぽーいと入れていく。
一方、ゲンシンは。

「こ、これは正しい……いや、違う……いや、合ってる……。
 マカミ殿から頂いた物とどれも数ミリ単位の差異が見られる。
 間違ってたらせっかくの宴が……いや!
 どれもきっと毒だ!! そうに違いない!」

集合時間になり、森暮らしのコロポックルが集めた収穫物を確認していく。

「じゃあ確認するねー。そっか。ゲンシンは採れなかったんだね」
「面目ない……」
「イナバは……うん、半分は毒性だね」
「半分もあってた! やったあ!」
「(そんなに適当でいいのかい……!?)」










──町への買い物組。


「書き付けによると……牛……スネ肉、ですか」

ヤトが読み上げると、スネスネスリスリ大好き英傑、スネコスリがにゃわーんと湧いてきた。

「牛のスネ肉は筋が多いから脂肪が少なくてちょっと硬いけれど、煮込むと柔らかくなるし凄く美味しい部位なんだよ」

胸を張って言うと、サイギョウが声を漏らした。

「スネコスリ様はお料理の知識も豊富なのですね。では、このセギモとはなんでしょう」
「知らなーい。砂肝の仲間?」
「……では豚のスネ肉とは」
「硬い! でも煮込むと柔らかくなるニャワン!」
「(そのスネ情報への貪欲さ……流石で御座います)」

短冊を取り出し、和歌を一首……となっているサイギョウはさておき。
書き付けに書かれた物以外に何を買うかの話し合いが始まっていた。

「私は……そうですね。主君に美しいものをお渡ししたいのですが」

とキリンが言うとクウヤが提案した。

「焼き物とかどうだい。夫婦茶碗なんて定番だろう?」
「やちむん? それなら、魚紋は? 子孫繁栄なんてもってこいじゃん!」
「確かに。御結婚のお祝いなら良いかもしれませんね」

キジムナーとハクリュウが続き、焼き物で話がまとまってきた。
その後も異論が出なかったので、ずっと足踏みをして待っていたイダテンは元気な声を上げた。

「決まりだね! じゃあ、僕ちょっと行ってくるよ!」

バビューンと走っていってしまう。

「やちむんはそっちでねべしゃ」

ナマハゲの言葉は勿論イダテンには届かない。
ヤトはイダテンを目で追う事を止めた。

「仕方ありません。イダテン様はあとにして、まずは書き付けの方を優先しましょう」
「私、値段交渉得意なんですよ」

ヌエがにっこりして言うと、店主との話はヌエに任されることになった。

「500界貨か……。予算を考えるとこれは少しまけて欲しいですね……」
「これ以上は無理だな。なんなら別の店に行ってもうちは困らないぜ」

英傑達がヌエを後ろから見守っていると、ヌエは振り返り深く頷いた。
自信に満ちた表情が頼もしい。
ヌエは大きく息を吸うと、

「ひぃぃ~ひょぉぉ~……!!」

建屋が震えるほどの耳をつんざく奇声に、周囲の人々全員が耳を塞いだ。

「化物!!!」

店主もろとも足をもつれさせながら逃げていく。
しんとなった店でヌエは華麗に半回転すると、商品棚を手で示した。

「今なら好きなだけ運び放題ですよ」

むぎゅ。
ヤトはヌエの頬を摘まんだ。










活気にあふれた本殿を見回しながらツクモは目を細めた。

「一年の節目ってこんなに賑やかなんだね。ボク楽しみだったんだ」
「当然や! なんたってアルジが独神になった記念日なんやからな!」

フクスケが大きく頷くと、ヤヲビクニは首を傾げた。

「お待ちください。あの……今回の宴は就任記念の方なんですか?」
「どしたん、ヤヲビクニはん。ボケるにはまだ早……いこともないんやったっけ……?」

キッと睨まれ、フクスケは黙った。

「……コホン。あのですね、今回の宴は主《あるじ》殿のご結婚祝いですわ」
「え!? そっち!? この時期に!? こりゃまた……ならいつもの倍頑張らんと! 結婚祝いなら他にも買うてくるわ!」

そのまま走って行こうとしたが、一旦ヤヲビクニに向き直る。

「さっきは歳の事言ってごめんな。ウチほんまに忘れててん」
「もういいですよ。……年上の其方に言われては怒りようがありませんわ」

フクスケが行って、ヤヲビクニは笑みをたたえた。
そこには怒りなどみじんもない。不思議な事に、寧ろ嬉しそうにしていた。
すると、キラキラとした目をしたツクモがヤヲビクニに尋ねた。

「ヤヲビクニサンってこんなに綺麗なのにすっごくおばあちゃんなの?」

ヤヲビクニの表情は固まり、うふふ、ふふふと笑いながら後ろ歩きでその場から逃げた。










「はーーい。わたしはここで応援してるよー!! がんばれーー!!!」

櫓を立てる英傑達を明るく元気に大声で応援するのはヤマビコだ。
それにカッパが続く。

「じゃあ私も! 盛り上げるために相撲をとりますね!」
「え、ええ!? それならまずヒエダアレイを起こしてくれると嬉しい、な?」

シラヌイが地面で大の字で寝ているヒエダアレを指さした。

「もちろんです! 行きますよ……のこった!」

カッパは低く飛び出し、カギの手に曲げた姿勢でヒエダアレイに向かってぶちかました。

「っぐぼ」
「ひやあっ!?」

シラヌイは悲鳴を上げたが、ヒエダアレイはぴくりとも動かない。
「あー」とカッパは棒読みで言った。

「……あー、ど、どうしましょう。本殿のみんななら大丈夫と思ってつい力を入れ過ぎてしまいましたー。
 大変ですー。身体が逆方向にボッキリ曲がっています。逆エビどころか、逆…………ああ、大変です!
 ではここは私が責任持って運びますねー。一人で大丈夫なので、ご心配なくー」

ヒエダアレイを背負ったカッパは霊廟の方へ。
と、思えば全く別の場所で曲がり、建物の影に足を止めた。

「ヒエダアレイくん……。そろそろ大丈夫ですよ。人目はありません」

背中のヒエダアレイはじっとしている。

「これで好きなだけおさぼりが出来ますよ。ということで、約束のとびっきり美味しい胡瓜の情報下さい!」

ヒエダアレイは動かない。

「……? 寝るなら情報を渡してからですよ」

地に下ろしたヒエダアレイは力を込めて揺らしても起きない。
身体もお辞儀とは真逆の方向に折れたまま。

「…………。あれ、もしかして私、……やっちゃいました?」

反応のないヒエダアレイに、カッパはだんだんと青ざめてきた。

「たたたた、大変です!!!!!」

今度こそヒエダアレイを霊廟に連れて行った。










宴の準備には、当然周囲の安全確保も必要である。
オキクルミたちは、本殿を中心に悪霊の殲滅を行っていた。

「スクナヒコ様、前に出過ぎです! また酔っていらっしゃるんですか!」

悪霊を捉えた矢の先に、スクナヒコの姿がちらちらと現れる。

「酔ってねえ! 断酒だ! 断酒!
 こいつら蹴散らして今日こそマシな夢見るんだよ!」

戦いにすっかり前のめりになって危なげではある。
だが感情に囚われてばかりでもないのか、きっちりと悪霊は倒していた。

「倒せたから良いものの、冷静さを欠いては」
「判ってるって。こちとら珍しく素面なんだぜ。大丈夫に決まってんだろ!」
「(素面の方が絡んでくるってどういう事なんですか)」

はあ、とオキクルミが溜息をついた。
少し離れた場所では、ヤシャが自身を治療していた。

「アンタの薬、よく効くんだな。助かった」

薬を返すと、カマイタチはにかっと笑った。

「気にすんなって。……けどオマエの傷相当深かったんだし、一度本殿に戻って」
「いや。俺は戦う。足手まといになったら捨ておいてくれて構わねえ」
「(戦う理由はそこの酒乱と同じだろうけど、あの傷は……口割らないだろうな)」

何かを考えないように戦いに身を投じる者もいれば、いつも通りの者もいる。

「ははっ! 倒した悪霊はボクが一番だぞ! 八部衆よりも強ければボクの人気もうなぎのぼりだ!」

楽し気なヒトツメコゾウにカマイタチは疲れたように笑う。

「(あれくらい単純だったら幸せなんだろうが……。ま、オレには関係ないけど)」
「皆さん加勢に来ました!」

大弓を持ったショウトクタイシが合流した。

「オマエは戦闘より本殿で仕切る方が適任じゃないか?」
「私もそう思います。ですが、何故か皆さんが私が討伐へ参加する事を強く勧めなさるので……」

不思議そうにするショウトクタイシだが、ヒトツメコゾウはその理由を判っていた。

「(これはあれだな。また凶悪な顔してたんだな。後ろから射抜かれないようにしないと……ボクは学習の出来る妖だからな)」
「ヒトツメコゾウさん!! 余所見はいけませんよ!」
「はひゃあっ!!???」

真横に矢が飛んでいく。
見事頭を射抜かれた悪霊は黒い靄となって消滅した。

「危ない所でした……。ここは戦場です。一歩足を踏み入れたならば気を引き締めなければなりませんよ」
「判ってる! じゃなかった、判りました!! あっちはボクに任せて、キミは絶対に絶対について来るなよ!!!!」

目を吊り上げたショウトクタイシからさっさと距離をとる。

「あの挙動では不安ですね。すみません、私はヒトツメコゾウさんの援護に参ります!」

ショウトクタイシは全力で追いかけ、ヒトツメコゾウの絶叫が辺りに響き渡った。

「なんで来るんだ!? 好きか!? ボクのことそんなに好きか!???」
「普通です」
「普通?! 人気者のボクを普通!?」














「ん~、なんだか変なところに来ちゃったなぁ」

辺り一面、霧がかかっていてよく見えない。
足元を見れば湿っぽい土が広がっているが、雑草はおろか枯れ葉さえもない。
自分がどこに立っているのかも判らない状況下で、カマドのお腹がぐ~っとなった。

「お腹空いた~。おにぎりはあるけどこんなとこで食べるのもなぁ……」

独神の結婚匂わせ発言をその場で聞いていたカマドは本殿を出た後、なんとなくむしゃくしゃしてそこら中でボヤを起こしまくった。
エンエンラが飛んで来るのは判っていたので、説教されないようにと逃げ隠れし、竈がある場所を転々としていった。
それがいつのまにか道に迷い、夜か昼かも判らない場所に来てしまったのであった。

「誰かいますかー!!!!」

大声は靄の中に吸い込まれていく。

「本殿の近所で迷子になるはずがないし……それにここ、いつもの八百万界かな……?」

火の神と認識されているカマドであるが、実はあの世とこの世の境を守る神でもある。
例えば物陰、例えば壺の中、例えば竈の中、ありとあらゆる場所に存在する堺を飛び越える能力があった。
今回のこれおも意図せず境界を渡った結果だろうと思った。

「どこかに隙間でもあればなぁ……帰れるんだけど」

白っぽい煙のような景色ばかりで塗りたくられ、何かと何かの境界が一向に見つからない。
じっとしていても事態が好転する様子はなく、また空腹を意識してしまうので前へ前へと当てもなく歩く。
カマドはゆっくりと靄の海に潜っていった。