四周年記念話(ほぼ全ての英傑が出る)-その3-

混乱していた本殿も、少しずつ落ち着きを取り戻した。
騒乱の中で生きている英傑らは立ち直りが早い。
悲しみの多い世界では、どれくらい早く前を向けるかが最重要なのだ。



「それそれそ~れ! あははっ、この程度の荷物なんてウチの風でひとっとび!」

フウジンの風で蔵から出した荷物が運ばれていく。ついでにザシキワラシも。

「たのしー!」
「当然。ウチの風に乗れるなんて光栄に思ってくれないと」

気分を良くしたフウジンはいつもよりも丁寧に着地させた。

「じゃあ、あとは僕が運んでおくね」
「あ、わたしも! みんなー、こっち手伝って!」

オイナリサマは自身を信奉する者達を引き連れ、仕事を分け与えている。
楽しそうにザシキワラシは笑った。

「みんなでお祝いっていいね。僕がついた家はよく家族が増えるから、この雰囲気好きなんだぁ。
 あるじさまのお嫁さん? お婿さん? もここに住めばいいのにね」
「へっ、」

一瞬顔をひきつらせたフウジンの前にライジンが立った。

「私太鼓でも叩きましょうか? ほら、士気を上げますわよ!」

ドンドコドコドコ

「(フウジンちゃんに主《あるじ》様の話はまだ駄目ですわ……)」

独神の祝いではあるのだが、その「独神」が地雷化している。
心からのお祝いと言う雰囲気ではない。
納得いかない部分もある。一言二言言ってやりたい事もある。
それでも心の大部分は、独神をお祝いしたい気持ちが占めていて、前を向いて笑っていようとしているのだ。
だって、結婚とはおめでたい事なのだから。







「やはり細かい作業は向かんな。持つだけなら得意なのだが」
「もう少しだけ耐えろ。不動の姿勢を保つこともまた修行のうち」

力一辺倒のキンタロウを、同じく怪力のライデンが補佐をする事で作業はまとまっている。

「わ、わたしも支えていますから、安心して下さい!」

ヤマヒメ(キンタロウより怪力という噂アリ)が、小柄な体躯ながら力作業を引き受けている。
現場を仕切っているのはネンアミジオン。今日は教師の姿ではない。

「皆さん、そのままでお願いします。チョウチンビ殿いけますか!」
「オラは大丈夫。鬼火たち、そうっと……そうっと持っていておくれよ……」

手のない鬼火たちの手を借りるくらいに忙しい。
独神の儀式は、独神しか知らない場所に籠って数日後に終わる。
その間に終わらせなければならないのだ。
時間がないので外部の者の手は殆ど借りられない。
今ある物、今いる者たちでやっていく必要がある。

「まあとっても見事な……。調和がとれていて完璧で……。
 ……つい不揃いにしたくなる……かも知れませんね」
「これは良い! 不足した所のないこの感じ。更によくするには六で統一するべきですね!」

己の習性に引っ張られて、作業が難航する事もあるが、それなりには進んでいる。

「ほほほ。七福神の名に恥じぬよう、わらわたちの加護が主《あるじ》さまにあらんことを」

福の神として信仰される七福神は、お祝い事とあって張り切っている。
いつもは率先して作業などしないベンザイテンがきびきびと働いているくらいだ。

「すまぬな。どうじゃ、出来そうか?」
「俺を誰だと思ってんだ? アンタたち七福神の加護ってやつを絵にするなんて、もう構想が頭に浮か──」

ホテイをその場に置き、ホクサイは走っていった。
頭に浮かんだ絵を表現する為に。

「ごめんね、手伝わせて。こういう時に限って袋からなかなか出てこなくて……」

大きな袋を持ったダイコクテンはオフナサマに謝罪した。

「良いのよ。使える物も途中で出てきてるし、こういう時はとことん行くわよ」

袋から出しては入れ、出しては他所へ持って行き、やっぱり仕舞い。
ダイコクテンの袋からはなんでも取り出せるのはいいが、慌てていると余計な物が出てくるばかりでいけない。

「食べ物は任せて下さい。全部食べますから」
「食べちゃ駄目よ!」

聞いちゃいないテッソは口を開けて尻尾を振っている。

「もう。主《ぬし》様のお祝いって判ってるの?」
「勿論ですよ。ご馳走が出るんですよね」

じゅるり……。
オフナサマがどんなにこんこんと言ったところで無駄である。









「フツヌシ知らないか? 見つからないんだ……嫌な予感しかしなくて」

タケミカヅチに話しかけられたヒルコは首を振った。

「見てないけど……まあ、フツヌシだから」
「そうなんだ。フツヌシなんだ……」

「「…………」」

二人で苦笑するしかなかった。
フツヌシがいないという事は、今回もまたろくでもない事が起きるに違いない。

「そういえばタケミナカタは?」
「タケミナカタか。気合を入れてくれというので、渇を入れたんだが」
「入れすぎたんだね。ん。聞かなくても判った」

敷地内で「たけみかづちめえ……」と寝言を言いながらのびきっているタケミナカタを、ビンボウガミが介抱していた。

「ごめんなさいごめんなさい僕のせいでごめんなさい」

大きく顔が腫れているタケミナカタの為に、濡れた手拭いを顔全体にかけてやる。

「ごめんなさい。すぐにアカヒゲさんに行って薬貰ってくるから。あ、スクナヒコさんの方が……と、とにかく行って来るね」
「…………」

窒息しかかっているタケミナカタを置いて、ビンボウガミは走っていった。








「他人の結婚とかどうでもいいんだけど」

はあと大きな溜息をつきながら、だらだらとトドメキは作業をしていた。

「む。主《あるじ》殿の結婚だ。どうでもいいなんてことはない」

フセヒメの言葉に、わふわふとヤツフサが同意した。

「そうねえ……主《あるじ》はなあ……。確かに幸せになってくれるとあたしも嬉しいんだけど……」

作業を投げ出し、ヤツフサの顔を両手で掴んでわしゃわしゃと撫でてやる。
気持ちよさそうにしているのを見ると、トドメキもつられて笑った。

「(ちょっと苦しいけど、きっとお祝いした後には痛いの治ってるよね……)」










「……孫のように思っておった独神くんが結婚とはのう。歳を食うほど感慨深いわ」

年若い独神の姿を思い出して、オジゾウサマは目を細めた。

「感慨深いで済むものか」
「ッ!? おおおお、オオワタツミいたんだね。ははっ……。で、どうしたのかな? タマヨリヒメを重ねちゃった?」
「…………(ずーん)」

大柄な男はしゅんと頭を垂れた。

「ははっ。親としてはね。それも大切にしていた可愛い娘なら猶更。
 遠くへ行ってしまうのは寂しいだろうけど、巣立つのは当然の事。
 ボクたち年長者は若者を信じて見守る事だよ」
「……今の儂には耐えきれそうもない。独神様の事も、未だに受け入れられぬのだ」
「子が勇気をもって外へ一歩踏み出したように、ボクらも慈愛を抱きながらも子の手を離すんだよ」

オジゾウサマの言葉も今のオオワタツミには受け入れがたく、大きな溜息を吐いている。

「(ふふっ。オオワタツミも若いなあ)」









「カマドがいなくて……。ははっ、大丈夫とは思うんだけどね。思うんだけど……ね」

そう出会った者にいいながら、エンエンラは作業には参加せず辺りを探し回っている。









「オレの六弦琴(ぎたー)の方がイカすに決まってんだろ!
 お前でしゃばり過ぎなんだよ!」

シンが、ホウイチを肩で押しやると、

「おれはおれが思う通りに琵琶を弾く。それで誰もが涙した。
 なら俺の琵琶の音が前に出るのは当然の事!」
「合わせるって知ってっか? なあ? なあ??」

ぎゅんぎゅんかき鳴らしている音を聴きながら、ビワボクボクは顎に手をやる。

「笛と……いや太鼓にして鈴も入れるか」

どの楽器を使おうか悩んでいると、セミマルが声をかけた。

「私も琵琶以外の方が宜しいでしょうか?」
「いや絶対琵琶だろ。琵琶一択。オマエは自分の演奏をすりゃいい。オレに任せときな。どんな演奏も調和させてやるよ」

その後ろでは、シンとホウイチが足でやりあいながら演奏を続けていた。










「おまえは独神さんの結婚の事、怒るような気がしてた」

蔵の大皿を取ってきてくれと頼まれたトールと、見張り役のコトシロヌシが歩いている。

「ん? そうか?」
「(そりゃ、公衆の面前であれだけ熱烈に主張してるし……)」

普段からトールは独神への好意を口にしているので、周囲の英傑の方が恥ずかしくなってくる事もしばしば。
それなのに、実は独神が既婚だったと聞かされれば良い気はしないだろう。
さっさと言ってくれれば、トールは諦める事が出来たのに。自由になれたのに。

「俺としちゃ、判りやすくなってありがたいと思ってるぞ」
「え? 何が?」
「その相手とやらを倒しちまえば、俺が主さんの旦那に繰り上げ勝利だろ?」
「八百万界にそういう制度ないから!」

慌ててコトシロヌシは否定した。

「だって強い奴の方が好きだろ?」
「いや、あのねえ……。独神さんは力に拘らないって、そういう話でもなくて。
 独神さんに選ばれなかった時点で終わりなんだよ、終わり。足掻いても無駄なの」
「ふうん……?」

少々冷たく言ったのだが、トールは気にした様子はない。
もしかすると、言葉の意味を理解していないかもしれない。

「まさかとは思うけれど、アスガルズの奴等全員そういう事考えてるわけないよね……?」

コトシロヌシの頭には、数人の顔が浮かんだ。








「時間が無くても盛大にやるわよ」

数々の宴を仕切ってきたオトヒメサマの指揮により、アベノセイメイの式神も統率が取れている。

「式神が足りぬようならまた声をかけて下さい」
「もう少し経ってからまた呼ぶから。今はいいわ」
「(こういう時こそ、あの男が役立つというのに。どこで油を売っているやら)」

アベノセイメイは人手が不足していそうな次の集団へ向かう。

「盛大に! 豪華に! 誰もが参加したくなるような魔性の宴に!!
 そして、主《ぬし》様を奪ったヤツをこの場に引きずり出すのよ……!!!!!!」

ふっふっふと、黒い笑みが浮かぶ。

「見てなさい……。私の方が上だって証明してあげるから」

そんな黒いやる気に満ちたオトヒメサマを、ハチカヅキヒメはきらきらとした純粋な目で見ていた。

「ご主人さまのためにこんなに一所懸命なんて。私も頑張らなきゃ!」

やる気を出すドジっこハチカヅキヒメを、少し離れた場所でネズミコゾウは見ていた。

「(豪運のハチカヅキヒメ……。オトヒメサマといちゃまずくねえかな……)」

ハチカヅキヒメの豪運効果は基本的には己が対象である。
が、棚から牡丹餅、鰯網で鯨捕る、濡れ手で粟、一攫千金……。
近くにいる者にもそれなりには幸運のおこぼれがある。

「(悪い方向に運が向かなきゃ良いが……)」

怨念のこもった高笑いをするオトヒメサマを、せっせと奉公人根性で助けていくハチカヅキヒメであった。









「現場指揮は任せろ。指揮だけな!」

ででーんと、主張するのはヤマトタケルである。
枕を抱えて、寝る準備バッチリ。
これと同じ八傑なのかと……、モモタロウは呆れかえる。

「やりなよちゃんと……。こういう時くらいさ」
「そう言う割には、手が進んでないんじゃないか?」
「別に!」

モモタロウが強い口調で言い返していると、ナスノヨイチが二人の間に入った。

「ねえ、ヨリトモ様とウシワカマル様知らない?」

ヤマトタケルとモモタロウは首を振った。

「おっかしいな……。ヨリトモ様の伝手でも借りようと思ったのに」








スサノヲ、アマテラス、ツクヨミ。
三人の作業は順調とは言い難い。
作業の合間に気を抜くと愚痴がするする出てくる。

「ほんと信じらんない。ワタシを捕まえてこれってなによ。
 主ちゃんの嫁とか絶対認めないし。
 正妻ぶってみてご覧なさい。いびり倒してやるわよ!!!」
「ツクちゃん、正妻は正妻だから…」
「てか、どうすんだよ。スッゲー我儘だとか、引きこもりとか、海を荒らしたり、疫病を蔓延させるとか、神殿に糞を巻き散らすような奴だったら!」
「「それスーくん(スーちゃん)でしょ!!!」」

アマテラスは机に突っ伏した。

「あー、そんなこと言われたら不安になります。どうしましょう。愚弟みたいな男を主さまが連れてきたら。
 ……風穴開けちゃいそうです」
「ワタシも、ボコボコにしちゃいそう……」
「お、俺だって、アネキたちみたいな女を主が連れてきたら、殴ってでも目を覚まさせてやんよ!」
「「は?」」
「……なんでもありません」









先月ここに来たばかりのカルラは、本殿で行われる大きな宴はこれが初めてである。
皆が一生懸命働いている様子を眩しそうに眺めた。

「来て早々主《あるじ》ちゃんの花嫁姿が見られるなんてね」

手を交差させながら、フグルマヨウヒは訂正する。

「いえ、既にセンセイは結婚されているとのことなので、花嫁衣裳はないですよ!」
「あら、それは残念……。主ちゃんの晴れ姿が見たかったわ……」


ぴぴーーん!


オリヒメが、

「ならご主人様の花嫁衣裳わたしが作るわ!!!」

オツウが、

「お待ち下さい。でしたら、私も立候補します」

タマヨリヒメが、

「主サマの衣装は私も作りたいです!」

ワヅラヒノウシが、

「お、俺も! ……わ、煩わしいかも知れないけど。でも、既に構想はある!」


四人の主張にフグルマヨウヒは悲鳴を上げた。

「わわっ。この顔ぶれは凄いですよ! 皆さんで力を合わせれば、きっと素晴らしい衣装が」
「いや。一人が良い」

とワヅラヒノウシが言った。

「わたしも、今回は一人がいいわ」

続くオリヒメの言葉に、オツウタマヨリヒメも同意。

「え。でも、時間がありませんし……」
「時間は関係ありません」

と、にこやかにだがきっぱりとタマヨリヒメは否定した。
四人の怖い雰囲気に圧倒され、あわあわするフグルマヨウヒにカルラが助け舟を出す。

「それぞれが作るのも良いと思うわ。衣装替えで主ちゃんの沢山の姿が見えるんだもの。
 きっと、とっても素敵だと思うわ」

全員が納得した所で解散。

「本当に大丈夫なのでしょうか……」

フグルマヨウヒは不安げにカルラの顔を覗き込む。
それを聖母の様な包容力を持った笑みが迎えた。

「物を作る子たちには一人一人拘りが違うわ。
 大事な主ちゃんの、それも花嫁衣裳だから納得いくものを作りたいのよ。
 こういう時は待っているだけで良いの。フグルマヨウヒちゃんは私と一緒に他の担当を手伝いましょう?」
「はい。そうしますね」








「先生を祝う準備が着々と進んでおるのは良いのが……。心配じゃのう……」

部屋で飾り物を作るビャッコは、外の様子を見ながら溜息を吐く。

「ああ……。その心配は判るニァー。ていうか、多分ここの全員が思ってる事ジャン?」

日差しが強くて毛が蒸れるからと、ゴトクネコも部屋で作業をしている。

「……四霊獣もスザクとセイリュウの姿が見えなくてな」
「その二人なら問題ないジャン? 問題なのはもっと他に沢山いるニャろ?」

独神への結婚祝い。
それがここまで順調なのは当然理由がある。
暴れそうな者、邪魔をしそうな者。
該当する英傑達が本殿から姿を消しているからだ。

「このまま何も起きなければいいが……」
「どー考えても確実に起きるニャ。俺は諦めてるニャ~」

防ぐことは不可能。ならばなるようになれ。
八百万界が平和でないように、本殿もまた平和であるわけがないのだ────。