四周年記念話(ほぼ全ての英傑が出る)-その2-

本殿が悪霊に攻められた時よりもよっぽど未曽有の大事件である。
たかが仕えるべき主が「結婚(既婚)」を匂わせただけだというのに。

それだけ英傑たちは純粋で、純朴で、素直で、……少し抜けている。






「!!」

儀式の準備で自室にいた独神は目を見開いた。
大江山の大将、泣く子も黙るシュテンドウジが扉を蹴破り、床を殴りつけて破壊したからだ。

「……頭」

爆発寸前ではあるが、ぐっと感情を押し殺して努めて冷静に、冷淡に尋ねた。

「おまえ、何でおれがここに来たか判らねェわけないよな」
「判ってる」

恐怖を僅かに滲ませ独神は頷いた。

「マジで殺しちまいそうだから余計な事は言うな。
 おまえ…………おれに黙って結婚してたのか」

独神は口を開こうとして、目を伏せる。

「安心しろ。見張りのヤツらは忍含めて全員ブッ倒しちまったから誰も聞いてねェよ」

独神は頷いた。唇が小さく動く。





────と、シュテンドウジが襲撃する少し前。


「主《あるじ》! これはいったいどういう事だ」

胸ぐらを掴んだハットリハンゾウが睨みつけた。

「ま、待って! 怒らせてごめん? でも待って! 後生だから!」
「す、すまない」

服を放たれると独神は即座に襟元を正した。

「忍のあなたが感情露わにしてどうしたの」
「どうしたのだと?」

ハンゾウは依然としてのんびりとしている独神を睨んだ。

「主、俺たちに隠している事はないか」
「かくしごと……(「独神」の存在について、とか? でもそれは誰にも言えないわ。いくら請われようとも……)」
「(この沈黙……。やはり結婚しているというのは本当だったのか)」
「隠し事はある。でも、言えない……」
「それは俺だから言えないのか」
「……まあ、そうとも言えるのかも(情報の価値を理解する忍に知られると厄介だろうし)」

真っ直ぐにハンゾウを見据えると、ハンゾウは肩を竦めた。

「……我が主の意向、承知した」

頭を下げ、一歩下がった。

「儀式前に悪かったな。穢れを持つ俺が近寄るのは相応しくないというのに」
「これから清める所だから大丈夫だよ」
「俺は任務に戻る。主が儀式で動けぬ数日の守りは任せておけ」
「はい。お願いします」

独神が頭を上げた時には、ハンゾウの姿は消えていた。

「(…………あ。もしかして隠し事って、今朝の件についてだったのかしら。
 いや、それはないか。だってハットリハンゾウが私の個人的な事なんて興味ないだろうし)」

一方、ハンゾウは。

「(……これで、良かったのだ。
 主は主。いくら親し気にされようとも、自惚れてはならぬ存在。
 俺は伊賀衆の組頭として、冥府六傑の一人としてお仕えする。余計な感情は不要だ。
 だが一つ癪なのは……この俺が主の婚姻を見抜けなかった事だ)」






「主《あるじ》が結婚とはな、ははははははっ! 全く見抜けなんだわ」

大笑いするカシンコジ。

「これを機に、英傑どもは肥大化しすぎた執着を捨てれば良いのだ」

そこら中で深刻そうに話す英傑らを見ながら、カシンコジは酒瓶を傾ける。





ククノチは本殿に生える木を撫でながらため息を吐いた。

「私、皆さんほど熱心でなく、他人事なのはどうしてでしょう」

独神の爆弾発言は聞き及んでいる。至る所で大騒ぎをしているので知らないでいる方が難しい。

「私は主《あるじ》殿に支えがあった事に、寧ろほっとしているんです。
 支えると言うのは外で見えるよりずっと力が必要です。根気も要ります。
 八百万界や住民を支えるなんてとんでもない事ですよ!」

天と地を支えているククノチは力説した。

「ですが支えは一本でなければいけないという訳ではありません。
 本殿の皆さんだって支えの一つだと思います。
 私も……す、少しでも支えられていたら、いいな……って、あはは…………駄目ですかね?」

物言わぬ樹木に照れながら、傍の岩を叩いていると真っ二つに割れた。

「私としてはご結婚なされていた事が判ったのだから、お祝いしたいんですが……」
「それだ!!」

タムラマロが木々の間から飛び出してきた。

「ひゃあん! たたた、タムラマロさん!?」
「いやあ、本殿に帰ってみたらどいつもこいつも暗そうに暮らしてんだろ?
 アリでさえ暗いもんだから、アリ? って思ってよ。
 そしたら独神サマが結婚してたって聞いてな。
 ……ま、隠すのも判るぜ。あいつらを結婚式にでも呼んでみろ、結婚後に血痕がって事になりかねねえ」
「そうですよね。きっとお気を遣われたんですよね……。
 もしかしたら、主殿も普通に結婚式をしたかったのかもしれません」
「じゃあせめて俺たちで、結婚祝いの宴で盛大に祝ってやるか?
 暴れる奴もいるかも知れねえが、こら、宴会では堪えんかい! って俺たちがお互いに止めりゃいいだろ」
「……それ。良いかもしれません。じゃあ私、今から賛同してくれそうな英傑に声をかけてみます!」

ククノチは大声で礼を言って走っていった。

「(ククノチ……! 頼む……! 何か一言。一言くれ……!!!)」

会心のギャグが通じなかったタムラマロの事はさておき、ククノチはキョロキョロと見回しながら敷地内を歩いていた。
宴に最適な英傑は誰だろう。何処だろう。

「ゼアミさん!」

ぷろでゅーす英傑ゼアミに近づいた。

「独神殿のご結婚についてなんですが」

バッと掌を目の前に出される。

「申し訳御座いません。その話題は後日」

脱兎の如く逃げていく。
次に話しかけたのはアメノウズメとサルタヒコだ。

「良いと思います! 独神ちゃん私たちに気を遣っていたんでしょうし、
 ここは私たちがお祝いして、結婚してたって独神ちゃんとこれからも一緒に頑張って行く事を見せた方が良いと思います」
「そうだね。私たちが受け入れている事を示せば、独神様も安心出来るだろう」

次に話しかけたのは、コノハナサクヤとニニギだ。

「賛成です! じゃあ、早速お酒の手配ですね!」
「食事もだけれど、何か見世物もしたいね。あ、ゼアミさんは」
「ついさっき断られました。……傷心中のようです」

あ……。笑顔だった二人の表情が固まった。
コノハナサクヤが苦笑しながら心の内を吐露する。

「……心配事があったんだろうけれど、やっぱり私たちに一言で良いのでお話して欲しかったですね。
 色々な英傑がいますが、心から祝福したいと思っている英傑がいる事を忘れないで頂きたいです……」
「大丈夫だよ。サクヤヒメ。主《あるじ》さんを安心させる為にも、盛大にお祝いしようよ!」
「そうですよね!(ただ、心配なのは……)」

コノハナサクヤが思い描いた英傑は、森の奥深くで剣を振るっていた。
辺りの木々は滅多刺しにされ、地は抉りとられていた。

「主《ぬし》様……」

溜息と共に剣が手からこぼれ落ちる。
垂れ下がった薄紅色の髪の毛の隙間からは小さな雨が覗いていた。

「……結局、私はいつだって特別にはなれない。
 いっそ自害でもすれば主様も見てくれるのかもしれませんが、生憎私は不死のイワナガヒメ。
 悲劇にもなれません。ただただ世にありふれた悲しみの一つとして、ひっそりと消えて終わるのです。
 私の恋はそういう運命なのですね」





そしてまた別の場所で溜息が。

「(独神様に、お慕いしている方がいる。
 そんな事、知りたくありませんでした。しかも既に成婚済みで夫婦でいらっしゃったとは)」

独神の魅力を大衆に伝えてきたゼアミは、自分より独神を知る者はいないと自負している部分があった。
それが今回の結婚発言で見事自惚れだと思い知らされた。

「(平和になった後……なんて未来は妄想で終わってしまいましたね)」

可能性がゼロになった想像を一つ一つ思い出しては、心に傷がついていく。
溜息、また溜息を繰り返していると、背後に近寄る美麗の踊り子に気付かなかった。

「腑抜けなさんな!!」

イズモオクニの腹式呼吸によるよく通り過ぎる大声がゼアミの耳をキーンと通過する。

「ククノチ様から聞きましたわよ。座頭の祝いの席を盛り上げようとする誘いを断りましたわね!」
「ああ……。やはりそういう事だったのですね。そう思って逃げさせて頂きました」
「本当に、貴方は逃げるのがお得意ですわね」
「まあそれなりにのらりくらりとする術に長けているもので」
「そこは褒めていませんわ!」

全く……。イズモオクニはわざとらしく怒って見せた。が、ゼアミは見もしない。

「……座頭の事を貴方がどう想っているかはなんとなく感じています。
 ですが、役者として求められた時には、己の感情とは切り離すべきです。
 芸事に携わるなら当たり前の事。目の前で何があろうが、身内に不幸があろうが舞台に立ち続けるのが私たちです」
「今は役者に本腰を入れておりませんし……と言うと、貴方は怒るのでしょうが」
「既に怒っていますから、また怒らされたとて変わりませんわ」
「それはそれは良かったです」

馬耳東風。全くと言っていいほどゼアミは聞いていない。
イズモオクニは態度を変え、諭すような静かな声色で話しかけた。

「貴方が今抱えるそれは、芸事で昇華出来るものじゃなくって?」

少しだけ、ゼアミはイズモオクニを見た。

「これは芸に携わる者だからこそ出来る事。目を逸らすでも、忘れるでもなく、今の感情を最大限表現する事で発散する。
 感情の乗り切った演技は、たった一度の舞台でしか見せられないものかもしれない。
 でもその一回が人々の心を打ち、後世まで語り継がれる。
 幸運な事に貴方には、自身の心を表現出来だけの腕も持っていらっしゃるでしょう」

歌舞伎の始祖として、今も高い人気を誇るイズモオクニの言葉は、世間を遠ざけ塞ぎこもうとしていたゼアミの心に風を通す。

「……いっそ舞台の中でくらい独神様と結ばれてみましょうか?」
「馬鹿な事はよしなさい。確かに妄想を昇華する芸もあるでしょう。
 でも貴方が全てを捧げて極めてきた猿楽はそういうものではないと貴方が一番判っているはずですわ」
「……そうですね。芸事の道を行く私たちに大事なのは、観客を楽しませること、先人たちに敬意を払うこと」

小さくゼアミが笑う。

「今の私なら、長年の恋が成就する役を演じきれそうです」
「袖にされる方の役の方が良いんじゃなくって?」
「いいえ。私は、今もなお恋をしていますから」

成人を迎えて何年も経った顔立ちの男が、この一時は恋を初めて知る少年のように映る。

「……ふふ。そんな顔が出来るなら観客も満足させられるでしょうね」

前を向いたゼアミに、イズモオクニは満足そうだ。

「そうと決まれば、シバエモン様にもご協力を願いましょう。手練れが多ければ短期間でも公演可能ですからね」
「それでしたら、シバエモン様は狸になって山に帰ったそうよ」
「山!? し、しかし、時間がありません。山に詳しい英傑に協力を」

目標が定まったゼアミが忙しなく動き始めた。
イズモオクニはやれやれと胸を撫で下ろす。

「(どうして自分ばかりが傷ついていると思っているのか。ほんと、周りの見えないばかな人。
 男はいつだって自分を必要以上に強く見せてばかりで、なのに中身は繊細で、脆くて……。
 こういう時、強いのは女の方よね)」





「歌合があるので」

ナリヒラの誘いを、オノノコマチはきっぱりと断った。
その毅然とした態度がナリヒラを不安にさせる。

「聞いているよね。お上のこと」
「それが?」

八つ当たりのような刺々しいものではない。無理した様子もない。
それどころか、余裕すら感じさせいつも以上に美しく見える。

「君は強いね」
「ナリヒラさまとあろうお方がなにをおっしゃるやら。失礼しますわ」

その後ろ姿は強くて、ナリヒラと同じく恋に敗れた敗者とは到底思えない。

「(一つ恋を飲み込むたび、君たちは強くなる。
 我々はそんな君たちの掌から一生逃れられないんだろうね……)」

何度も味わったはずの胸の痛みで、ブクブクと悲しみの海に溺れている自分が情けなく矮小に思えた。








「いやー。あれにはビビった。マジでビビった。」

討伐が休みであるコンピラは同じ話題を何度も繰り返しながら、本殿近くの川で釣りをしていた。

「だよなー。オレも玉手箱並みにビビったぜ」

と、同じ答えを繰り返すウラシマタロウもまた、本日の討伐・見回りは休みである。

「お前らよく同じ事ばっかり話せるな……」

呆れながら釣り糸を水面に垂らすのはタワラトウタ。

「だってよ、今その事しか頭にないんだからしょうがねえじゃん」
「寧ろトウタは何でそうフッツーでいられるんだよ!」
「んー……。俺様はお前らより釣れてっからかな?」

朝から釣り糸を垂らしているが、釣果があるのはタワラトウタのみ。
二人はがやがやそわそわし続けているせいで、魚を逃し続けている。

「主《ぬし》様も人が悪ぃよ。四年間も一緒にやってきてさ、結婚報告くらいしてくれたって良くね?」

独神が結婚報告を躊躇った理由は勿論理解出来ている。
だが、それでも。それでも言って欲しかった。
それが仲間ってもんで、家族ってもんで、英傑と独神との関係だと思っていたからだ。

「……主君の相手って誰なんだろうな。飯の時誰が前に居たっけ?」
「オレは割と近くにいたぜ。……てことは、独神ちゃんの旦那は俺だったりーー!?」

ビシッと決めポーズまで決めるが、誰もが無反応。

「ちょっと! 少しくらい反応してくれても良くない?」
「すまん。絶対あり得ないだろ。主君に限って」
「主様の様子じゃ英傑以外じゃね? ……俺たちが一度も見た事もないような他人なんじゃねーの?」

そう言うコンピラは、独神と同じ机にはいなかったものの、背中越しで声だけは聞こえていた。

「あれ。変な言い方だったよな。主様うっかり言っちまったって事なんだろうけど」
「どうする? 自分の事だって勘違いするような奴いたら」
「ははっ、いるわけねえじゃん。さっすがにそんな単純で思い込みの強い奴なんて、早々いないっしょ!」

と、ウラシマタロウは笑っていた。





「頭は……。そうか、今日は儀式だとか言っていたな。結界内に籠るから数日誰も入ってくるなと……」

アマツミカボシが執務室、独神の自室に足を運んだ時にはもう誰もいなかった。
私室の扉と床が破壊されていたのは気になったが、よくある光景なので深くは考えない。

「(一年も勘違いさせてしまった。
 その間、何をするでもない俺を頭はどう思っていたのだろう。
 何も言わなかったが、本当は何か待っていたのではないだろうか)」

去年の八月頃の事を思い返すが、独神を勘違いさせるような出来事は全く思い当たらない。
アマツミカボシは英傑として悪霊を倒し、独神の憂いをその手で切り伏せてきた。
思い出はそれだけだ。節目には多少心を入れた贈り物はしたが、他の英傑も同じく贈り物をしていた為、特別感はなかっただろう。

「(頭が他の英傑どもに近づいていたのは、当てつけだったのか?
 それはそれで腹が立つが、頭にしてみれば他人の様に振舞う俺に苛立ってしまうのも、まあ理解できる。
 そもそも頭を縛り付けておいて、あげく頭に何もしてやらなかった俺に非があるのだ)」

アマツミカボシは存在しない独神の過去を思って、一人反省していた。







「(みんな落ち込んでる……。主《あるじ》サマの結婚、悲しかったんだね……)」

四方八方、どんよりとした空気が漂う状況に落ち着かないシロは、
いつも以上に本殿内を走り回っていた。犬そのものであるシロは、嬉しい時も悲しい時も駆けていく。

走っていると、敷地の一角で局所的土砂降りになっているのを見つけた。そして、笑い声も。
近づくと思った通りナキサワメと、アメフリコゾウがいた。

「あはははっ! やっぱり雨は最高ですね!」
「うう……。主《あるじ》さまぁ」

元気なアメフリコゾウに、シロは近づいた。

「嬉しいの?」
「当然です! だって、雨ですよ? 雨。これが笑わずにいられるとか、キミたちこそどうかしてますよ!」

本殿中の英傑は暗い顔をする者はいても、笑う者はいなかった。……一人くらいはいたかもしれない。
シロにはそれが不思議だった。

「じゃあ、アメフリコゾウは主サマの結婚嬉しかったんだね」
「何言っているんです? バカな主《あるじ》さまなんて知らないですよー!」
「? 主サマは馬鹿じゃないって、みんな言ってるよ?」
「ああもう! そういう意味じゃないですってば! ほんと面倒くさいですね……」

シロが首を傾げると、ナキサワメが泣きながら解説した。

「アメフリコゾウさんは、主さまのご結婚が悲しくて笑っているんです」
「ばっ! そんなわけないですけど!! キミはとにかくそのまま泣いていて下さい! ずっと!」
「ひ、ひどいですぅ……」

雨脚が強まった。

「良いですね! 絶対晴れになんてしないで下さいよ!
 (晴れになったら強がることも出来なくなる……)」
「無茶ですよ……」
「っはは! やっぱり雨は最高ですねえ!!
 (ボクは主さまの為に泣いたりしないので、キミが代わりに泣いて下さいよ)」

大泣きしているナキサワメと、大笑いしているアメフリコゾウ。
シロにも、本当に泣いているのは誰か、判った気がした。

「結婚って嬉しいものじゃないの……?」

シロには悲しみの理由が判らない。

「えっぐ、ふえ。
 そうですよね。主さまのおめでたい事ですから、お祝い、しないとですよね。ひっく。
 私たちに何かあった時、いつも自分の事のように喜んで、お祝いしてくれた主さまの事だから。っひう」
 
「そうだよね! お祝いだよね!」

シロの尻尾がピンとやる気に満ちた。







ところ変わって、本殿とは少し離れた森の中。
天狗たちが一堂に集い、うんうんと唸っていた。

「いいな、巷で神隠しと呼ばれる術は出来る。だが、してはならんぞ。絶対だぞ。絶対だからな」

クラマテングは今朝からそわそわと落ち着きのない天狗たちに忠告した。

「独神さんに対して思う事はそれぞれあるだろうが、これ以上心労を増やすなど以ての外。
 我々天狗は、他の妖とは違う。秩序と落ち着きを持ってだな、」

すくっ、とコノハテングが立ち上がった。

「やっぱ俺、納得いかねえ。主《ぬし》さまの旦那か嫁かしんねーけど、俺みたいな弱い奴より弱いなら認めてやんねー!」

四枚の翼が開き、風のように飛び去った。

「全く……これだから近頃の若者は。サンキボウ、そなたも若造だがコノハテングよりは、」

すくっ、とサンキボウが立ち上がった。

「俺も。判んねえ時は、拳に従うのが一番。俺も果し合いに行って来る!」

同じく背中の羽根を広げて大空へ彗星のように飛び出していった。
口元をひくつかせながら、クラマテングはアタゴテングを見た。

「アタゴ……そ、其方は……」

横笛を好きに吹いている。

「いつも通りのようだな……。安心した」
「? 何であろうと主君は変わらない。心乱す必要などないだろう?」
「流石だ。……しかし若い者は精神修業が足らん。ジロウボウ!」
「なっ!?」

コノハテングを追いかけようか悩んでいたジロウボウは大きく肩を震わせた。

「コノハテングとサンキボウを追ってもらおうか。それで……其方の役目が何か判っているだろうな」
「コノハテングくんの助っ人だろ!」
「馬鹿者! 止めろというのだ。腕力ならばコノハテングは絶大な力を持つ。
 それにサンキボウも、模範となるべき者が何かをしでかせば、天狗全体の評判を落とす。
 いいな、必ず止めるんだぞ!」
「は、はい!(おっかねー)」

濡羽色の翼を広げ、二人を追った。
は~あ、っと盛大な溜息がクラマテングから漏れた。

「これでは、独神さんが何も言えなかったのも頷ける。
 全く、主君に対して劣情を抱くなど狂気の沙汰。
 普段からお疲れの独神さんの苦労を増やして何とも思わんのか」

若者の無鉄砲さを嘆く一方、天狗四十八傑の頭領アタゴテングはピッヒョロ、ピーヒョロ笛を吹いていた。








本殿の屋根の上、アマノジャクは英傑たちの様子を朝からずっと観察していた。

「(……偶然、今朝は主《あるじ》の前で飯を食っていたから良かった。
 あの時の主は嬉しそうでもなんでもなかった。笑ってはいたが緊張で強張っていた。
 それに誰も見てねえ。あの言葉は誰に向けても言ってない。
 かといって、つい漏れたってより、意を決して言ったように思えた。
 だから、あれは言葉通りの意味じゃねえ。他の奴らはそのままの意味で取ったみたいだが。
 お陰で今日の本殿は大混乱。
 俺の洞察力で気づいた事を教えてやりゃ、多少は落ち着くだろうが、そんなの絶対してやんねー。
 主のたった一言が、俺の手の込んだ悪戯より目立つなんて!! 悔しすぎるだろ!!!)」