四周年記念話(ほぼ全ての英傑が出る)-その1-

食事というのは、独神と英傑の団欒の時である。
悪霊に関連しない、フツーの話が出来る貴重な時間帯。

運が良ければ独神の近くで。
ほんの少しの間でも、傍にいられたら。
そんな下心があったりなかったりする中────



「結婚記念日……どうしよっか?」



早朝、己の主から紡がれた衝撃的一言が、英傑たち(全225人)を混沌の渦へと叩き落す。



「(け、けっ……。い、いやどういう事だというのだ)」


独神の隣で食事をとる事はないものの、必ず独神の席の後方付近を陣取るアマツミカボシは人知れず狼狽した。

「(頭と婚姻を結ぶにあたり、新居の候補地はいくつか考えていた。
 頭に似合いそうな服飾もそれなりに目をつけていた。
 そう……目をつけていたまで、だ。
 もしかすると、俺は酒にでも酔った際に余計な事を口走り、それで頭を勘違いさせてしまったのだろうか?
 であればどうする。真実を伝えるか。それとも頭に恥をかかさぬ為にも話にのるべきか。
 いや、しかし、しかし。しかし…………)」

結婚相手が自分である事を疑わぬまま苦悩していると、
逆に独神の前方付近を日々陣取るヌラリヒョンは、独神の言葉に頷いた。

「ほう。記念日、もうそんな時期であったか」
「は!? じゃあ、お、おまえが……主(ぬし)の……?」

ショウキの絞り出した声に、意味ありげに笑うヌラリヒョン。
しかし腹の中はと言うと。

「(はて……儂はいつの間に主(ぬし)と婚姻を?
 いくら爺とはいえ、大事な主との結婚を忘れるような亭主ではあるまいよ。
 であれば、主が大きく勘違いしている事になる。ふむ……であれば、乗っておくか。
 勘違い期間に既成事実を作り、後戻り出来なくすれば良い。
 その後、本当の夫婦生活を始めるのも悪くはあるまい)」

「おい、騙されるな! そいつはいつものハッタリだ!」

アマツミカボシが指摘するも、英傑たちの間では各々で盛り上がってしまっている。
そして、爆心発言をした独神は、大事な儀式があるからとさっさと部屋に戻ってしまった。



朝食時にいなかった者達の間でも当然、独神の爆弾発言が話題になっている。


────台所


「なんと! 独神様が!」

ダテマサムネは驚いていた。

「ゴシュジンが結婚記念日がどーたらこーたらってよ」

ネギネギ英傑、ヤマオロシはチョロっと耳にした情報をそのまま伝えていた。

「(独神様が……既に……)」
「ま、オレ様には関係ねえけどな」
「!」
「今までと同じだろ? ゴシュジンはゴシュジン。
 誰と夫婦だろうが、オレ様の料理を美味そうに食う事に関係ねえ」
「そ、そう、だな……」
「そいつがネギ嫌いだったらブッこ、……いや我慢して、やっぱ我慢せずどついて……」


「じゃあもう[[rb:主 > あるじ]]さまを甘やかすのやめた方が良いのかな?
 主さまの事ぎゅっとするの好きなのに……」

皿洗いで濡れた手を更に濡らしたウカノミタマが嘆いた。

「え。どうでしょう……今まで良かったなら許可を得ているのでは?
 だったら、ヤマオロシさんが言うように何も変わらないはず……です……多分」

ワカウカノメがウカノミタマを慰める。
いつもなら忙しく後片付けをする台所もすっかりお通夜状態である。

「(御結婚というのであれば相手を見定めたい。
 食事の場で零したのであれば相手は英傑だろう。
 だったら、俺らしく。……刀で決めるまで)」

ダテマサムネは短く息を切った。





────本殿のそこら中で


「は……結婚……。ん……では随分前から人妻………」

アシヤドウマンは地面にうつ伏せに倒れた。

「いや、倒れてる暇などあるか!!!
 ならば夫を名乗る馬鹿を呪い殺し、主人(あるじびと)を取り戻さなければ!」






「は? 結婚? ゴシュジンが?
 ……いやいや、あの仕事大好き女が結婚なんてありえねぇって!」

クツツラから聞かされたロキは鼻で笑い飛ばした。

「そう言ってもらえて良かった。主(ぬし)に疑念を抱く事などあってはならない事だ。
 あまりに非現実的な事だというのに、完璧な私がつい動揺してしまった。礼を言うよ」

お供を連れ、クツツラは噂を否定しに去っていく。

「(何度考えてもあり得ねえ。
 責任感カンストのゴシュジンが悪霊そっちのけで自分の幸せなんてもん選ぶかよ。
 馬鹿馬鹿しい。どうせ誰かの聞き間違い、勘違いだろ)」

そう言いつつも、ロキの胸中は晴れなかった。






モリランマルの自室。
スッパーンと障子を開けて飛び込んできたのはノウヒメ。

「聞いてよ!!! この際アナタで我慢してあげるんだから!!!
 だから私の話聞きなさいよ!!!!!」
「煩い(お声が少々大きいですよ)」
「ちょっと逆転してるわよ!!! ってそうじゃなくて!!!
 大変なの大変!!! 独神様が結婚しちゃうの!!!!!!!!」
「はあ。結婚ですか」
「何その反応!? アナタ驚かないの? 独神様よ?
 私の色仕掛けに一度も引っかからなかった独神様がよ??」
「色仕掛け……フフッ」
「鼻で笑ってんじゃないわよ!!!」
「下らない。我々が果たすべきはノブナガ様に全身全霊をかけてお仕えする事。
 それ以外の事など興味はありませんよ」
「……アナタ、急須のお茶が湯呑から零れてるわよ。動揺してない?」
「しておりません」
「してるわよ!」
「しておりません。熱っ!」
「ああもう、言わんこっちゃない。お水持ってくるから早く指を冷やしなさいよ!」

バタバタと慌ただしくノウヒメが動き回っていると、オダノブナガが高笑いをあげながら入ってきた。

「独神殿め。なかなか愛い所もあるではないか。
 儂の求めを退ける不届き者と思えば。ただの恥じらいであったとはな。
 カッカッカ! 良い。これまでの非礼を許す。
 独神殿が儂を求め、儂に全てを捧げる時を待っておるぞ!」
「え!? 独神様はノブナガ様とご結婚なさるつもりだったの!?
 なによ独神様! ノブナガ様の隣は渡さないわ! せめて、交代制よ!」

二人で好き好きに盛り上がる様子を見ながら、モリランマルは頭を抱えた。

「(多分、独神様のおっしゃる相手とはノブナガ様ではない……しかし、ノブナガ様がこんなにも心待ちにしている。
 ならば、臣下としてわたくしは……)」






早朝の討伐から戻って来たサナダユキムラの耳にも、今回の事が入ってきていた。

「なんと! 独神様がご結婚なされていたとは!
 そうとは知らず、拙者は一切ご挨拶を申し上げず……。
 ところでその相手とは誰かご存知か? お仕えしている独神殿の伴侶であるならば是非お目通しを」

どこか人懐っこさを感じる笑みの裏では、

「(はあ!? 主(ぬし)さんが結婚とか聞いてないんだけどぉ?
 ……主さんわざと黙ってたのか。おれが、いや、おれたちが騒ぐだろうからってか?
 ……でも、あーんまそんな感じしないんだよねえ……。
 そもそも主さんの傍には英傑が常に侍ってるわけだしぃ? 
 気になるな。サイゾウとサスケを使って調べるか)」





普段独神争奪戦に参加をする事のないミコシニュウドウも、
本殿で騒がれているアレには驚きを隠せない。

「結婚!? やあね……なにいって……。
 あの子この私に何も言わないって……。ちょーっとムカついてきちゃうんだけど。
 ふううん。そんなに知られたくないなら探ってやるわよ。
 私の僕(しもべ)たちを使ってね」



「……何故わらわがそなたに使われねばならぬのじゃ」

くは……と、タマモゴゼンは小さな欠伸を零した。

「なによ、貴方は気にならないっての?」
「そんな些末な事。どうでもよいわ」
「強がり言っちゃって」
「ふふふ。それはそなたであろう?
 わらわは主殿に伴侶がおろうと一向に構わぬ。
 なんなら主殿も伴侶殿も両方かわいがってやろうかの」
「あーあ。貴方が色狂いってこと忘れてたわ、私」
「そもそも何人侍らせても良いではないか。……当然、わらわが一番なのだからな」
「ほんと、狐って話通じないのよねー。さっすが獣。理性知性もどこへやらね」

いやだいやだと肩を竦めながらも、ミコシニュウドウは大きな笑みを携えていた。

「(主(あるじ)が見初めた相手。きっと楽しくて面白くて……美味しいんでしょうね)」






「シュッテンドージさーまー!」
 大にゅーす、大にゅーす」

カネドウジが大声で叫ぶと、まだ寝床の中にいたシュテンドウジは耳を抑える。

「おまえ、またわっかんねェ言葉を……」
「頭、結婚してたって、マジヤバじゃないっすか!?
 それならアタシもパない贈り物してやりたかったし! 今からでも一緒に考、」
「頭が。結婚……? ……してた……?」

寝起きだけが理由ではない、唸り声のような低音にカネドウジは一瞬言葉を呑んだ。

「……え、ええ、そうっす。人妻だって、他の、やつらが……」
「……野暮用。ついてくんな。いいな」

さっさと早歩きで行ってしまうシュテンドウジに、
カネドウジがはっと我に返る。

「はああ??? シュテンドウジ様を落ち込ませるとか、頭(かしら)大バカじゃん???
 これはパイセンのアタシがしっかりヤキ入れてやんねえとな!
 なーにが、ヒトヅマだ! ツマより刺身の方が美味いに決まってんだろうが!!」
「山椒は小粒でもぴりりと辛い! ツマを侮るなかれだ! ……おお、なんだかこれ必殺技っぽいな!
 (でも頭(かしら)が既婚者か。そんな感じはしなかったんだが。
 シュテンドウジ様が確かめに行っただろうし、俺はいつも通り必殺技の開発でもしてるか!)」

たった今、二人の会話を廊下で聞いてしまったイバラキドウジ。

「か、頭が……。ツマ…………妻……?」

血の気が引いて、今にも倒れそうだった。






「どういうことですの!!!」

化粧中だったカグヤヒメは、アギョウウンギョウに向かって叫んだ。

「ヒメ様……それが私もお台所で聞いてすぐ来たので……」

聞き返されたところで、ウンギョウも判らない。
困惑する二人とは対照に、アギョウはいくらか楽しそうにしていた。

「ならヒメサマ、ここにいる必要ない、よね」
「な、なぜそうなりますの!?」
「だって、独神サマの為に力を使いたい、って言ってた、よね?
 でも、独神サマには大事な人がいる。……ヒメサマ以外で」
「べ、別に私は主(ぬし)様の為だけにここにいるのではありませんわ!
 地上の民のため、八百万界のため……」

語尾は消え入りそうなほど小声になっていた。

「……主様が、私に何も言わずに結婚なんて…………」

今まで他人を振って振って振りまくってきたカグヤヒメは、
今まで感じた事のない得体のしれないものが胸に広がるのを感じた。

「いくらなんでも、心が無さ過ぎますわ……」






多くの者達の心を乱し、四年間それなりに平和を保っていた本殿に不穏な空気が漂う。
果たして、この先どうなるのか。

次回へ続く……