自本殿の話 二〇一八年三月


 *3/6
 
 錬金堂裏で、カグツチとユキオンナが一間(約1.8m)開けて座っている。
 これは仲が悪いわけではなく、間逆の性質を持つ為に積極的には近づかないようにしているからだ。
 特にユキオンナ側は生命に関わる為、いつもは適当な編成をする独神でさえ二人を同じ部隊には入れないくらいの徹底ぶりだ。
 
「冬、終わっちまうな」
「ええ。残念です」
 
 沈黙。
 お互い気になる存在ではあるのだが、前述の理由により交流が無く、話しにくい相手である。
 
「……主(あるじ)殿、よくあなたを呼んでくっついていましたね」
 
 手先が冷たい時、外出でなんとなく寒い時、独神はカグツチを見つけては暖を取っていた。
 一方ユキオンナはというと、触れ合いがない……訳ではなかったが、カグツチと比べれば回数は少ない。
 
「けど、だんだんと暑がられちまう。今後はオマエのとこに行くんじゃねえの」
 
 去年、暑くなればなるほど独神がユキオンナの部屋を訪ねる回数が増え、
 そのうち冷気を求めて彷徨う英傑の溜まり場となった事があった。
 
「でも、自分が好きな季節にもっと主殿と一緒にいたかった」
 
 ユキオンナの掌で花びらのような雪が舞った。
 
「つっても、今は寒いし下手打って凍らす訳にもいかねえだろ。
  オレだって夏は特に気をつけねえと暑さで倒れさせたり火傷させちまうし」
 
 カグツチは炎の力をほぼ制御出来ているので、他の英傑達は喧嘩以外で火傷をしたことはない。
 だが世に産み落とされたその時、一番愛を与えてくれた者を傷つけ、愛してくれるはずだった者に傷つけられた過去から、必要以上に自身の炎を恐れていた。
 
「私だってちゃんと凍らせないように努力しています」
 
 ユキオンナは直接誰かを殺める事はないが、雪の妖である為生きているだけで確実に誰かに死を与えている。
 だから本殿に来てからは特に、他人との距離感には気を払っていた。
 それでもふとついた溜息で凍らせてしまう事がしばしばある。
 
「……さっきからなんか辛気臭えな」
「カグツチ様が冬が終わる話をし出したから……」
「オレかよ…………悪かったな」
「悪いなんて……言っていませんけど……」
 
 再び沈黙。
 二人は居づらいと思いながらも、腰を上げる良い手が見つからず黙っていたが、
 カグツチが突然立ち上がった。
 
「おっし! 主(ぬし)のところへ行く!オマエも来い!」
「え。でも」
「早く来いって!オレはオマエを引っ張れねえんだから自分でさっさと歩けよ」
「わ、判りました」
 
 なんだかよく判らないが、粗暴な言い方で命令するのでユキオンナは渋々従った。
 執務室へ着くと、中では独神が手紙や地図に囲まれていた。
 
「あら、カグツチ、どうしたの?」
 
 微笑で迎える独神を、カグツチは何も言わずに抱きしめた。
 
「相も変わらずあなたは温かいね。……それで、なにか嫌な事でもあったの?」
「ない。オレは」
 
 すっと離れると、今度は独神の背後に回り、背を押して部屋の外へ出した。
 部屋の外ではユキオンナが立っていて、独神を目にするとすぐに逸らした。
 それでも、ずいずいと押すカグツチ。なんとなく察した独神は両手を出した。
 
「おいで、ユキオンナ」
 
 戸惑っていたユキオンナだったが、やがてほんのり頬を染めて独神の腕の中に収まった。
 独神は透き通った氷のような髪を梳いた。
 
「寒くないですか?」
「平気よ。さっきカグツチに触れていたから、まだ身体が温かいの」
「ふふっ、うれしい!」
 
 独神とユキオンナは暫く戯れ、カグツチはほっとした様子で二人を見ていた。
 その日はかなり身体を冷やした独神であったが、意地と気合と根性で風邪をひくことを防いだ。
 
 
 
 *3/8
 
「主人(あるじびと)、オレがお伽番をしてやっても良いぞ」
「断る。去るが良い」
 
 アシヤドウマンは開口一番にそう言ったが、現お伽番のハットリハンゾウに即座に打ち落とされた。
 不愉快そうに鼻を鳴らすと、今度は独神だけを見て口説きだした。
 
「卜占で妙なものが見えてな、このままだと主人に災厄が降りかかる。
  そこでだ、大陰陽師であるオレと過ごすことで厄は去り、幸運たらしめる……とまあ、悪い話ではあるまい」
「いいか主(あるじ)。これが押し売りの手口だ。よく覚えておけ」
「待て、誰がそんな事をした」
 
 ハンゾウはわざとらしくため息をついた。
 
「忍は自分の目で見たものしか信じない。故に、貴様の陰陽術も信用していない。後は言わずともわかるだろう」
「なるほど。貴様が高尚な術の判らない愚か者と理解したぞ」
「どう評されようと構わない。お伽番は俺で継続だ」
「なっ!」
「どうした? 面白い顔をしているな」
「貴様……」
 
 安易な挑発が仇となり、アシヤドウマンは苦虫を噛み潰したような不愉快極まりない表情を浮かべた。
 
「言い合いは止めてちょうだい。考えていた事を忘れてしまうわ」
 
 今まで黙っていた独神は溜息をついて筆を置いた。
 二人は「すまない」と謝罪し、矛を収めた。
 場が落ち着いたところで、独神が二人の仲裁を始めた。
 
「卜占で悪い結果が出たという事だけれど、彼の申し出通りお伽番を交代して貰えば良いんじゃないの。
  あなた、戦場が恋しいと今朝も言っていたじゃない」
「あれは……別に……」
「なら、決まりだな」
 
 アシヤドウマンは得意げにハットリハンゾウを見下ろした。
 
「……良いだろう。主よ、俺は次のお伽番にマガツヒノカミを指名する」
「なんだと!」
 
 本殿のお伽番制度では、現お伽番の指名が一番効力が強いものとなっている。
 話の流れなど関係ない。当てつけや妨害目的であっても、被指名者が同意すれば成立する。
 
「厄神と共に過ごし、それに耐えられたら少しくらいは信じてやろう」
「もう貴様を信じさせる必要はない。ついさっき、主人の許可は得たのだぞ」
「俺の指名が優先だ。そうだな、主」
 
 アシヤドウマンは訴えるように独神を見たが「マガツヒノカミの同意があれば成立よ」とすげなくあしらわれた。
 文句の二つや五つ言いたいところだが、先の出来事を反省し、マガツヒノカミが連れられるのを待った。
 
「っははははは!我を呼んだか、我が君よ」
 
 ハットリハンゾウは「同意は得た」と伝え、忍の任務に入った。
 アシヤドウマンは悔しがった。お伽番任務を断る英傑は極々僅かとは言え、その可能性に賭けていたのだ。
 
「私に災いが降りかかるそうよ。どう思う」
 
 独神は楽しそうにマガツヒノカミに尋ねた。
 
「それは面白い。我が居れば必ずやその災いを引き寄せてやるのだよ」
「引き寄せてどうする」
「人には判るまいて。災いという甘美な調べは……ふふ」
「(酔っているのか?)」
 
 なかなか個性的な振る舞いであるが、独神は意に介さない。
 
「……さて、よく判らないけれど、二人ともこの部屋にいて貰いましょう。
  そうすれば、卜占の災厄の事も、陰陽師のあなたが災厄を退ける事が出来る事もきっと判るわ」
「我の災厄、貴様に防げるかな」
「防いでみせるさ。……しかし、よく判らない事態になったものだ」
 
 災厄を防ぐ為のアシヤドウマンに、災厄を呼ぶ厄神マガツヒノカミ。
 そもそもマガツヒノカミが独神に近づかなければ良いのでは、とアシヤドウマンの脳裏を霞めたが、今までのやり取りでどうでもよくなっていた。
 こうして、主なお伽番はマガツヒノカミ、補佐としてアシヤドウマンという、変則的なお伽番制度が始まった。
 
「死屍累々と言うが、屍はどうする。生(なま)か、骨か」
「髑髏(しゃれこうべ)が良い。こう……山積みにしてだな……いや列にした方が物々しいか」
「我は手を加えたものより、雑多に転がる方が災厄感が出ると思うぞ」
「オレは呪術や妖術の使い手だ。呪術で死に至らしめた、または妖術の贄とした感が欲しい」
「なら倒れている者はもっと絶望感に溢れている方が、苦しめられた感が出るのではないか」
「なるほど。採用してやろう」
 
 お伽番が二人になったからと言って、大きな変化があるわけではない。
 暇な時に独神以外の話し相手がいるというだけだ。
 
「お絵かきの調子はどう?」
「お絵かきなどと、子供の遊戯と一緒にするな。これはオレの計画を図で表しただけにすぎん」
「我が君、見てみよ。凶事を示す星を描いたのだ」
「へえ……じゃあ、この星が光ると何か起きるのかしら」
「左様。だが、安心すると良い。星の瞬きも我の前には平伏さざるを得ぬのだ」
 
 独神は二人の絵を交互に見ながらうんうんと頷いた。
 
「二人とも上手に描けるのねー。えらいねー」
「陰陽術では絵図を書くことが多いからな。……だが主人よ、もう少し言い方を改めてくれないか。
  それではまるで、幼子に言い聞かせているようで、あまり気分は良くない」
「ふふ。なんだか楽しそうだから」
 
 なし崩しで始まったものの、二人は意外と気が合った。
 どの種族も基本的には災厄を望まないが、やはり一定数は災禍や惨害を好むものがいて、アシヤドウマンはまさにそれだった。
 マガツヒノカミの独特な話し方に顔をしかめはするものの、話の内容に共感することは多いようで会話が途切れる事は無かった。
 あっと言う間に夜になり、お伽番の仕事は終わった。
 
「二人とも、お疲れ様でした」
 
 独神は二人に頭を下げた。
 
「お伽番と言うのもなかなか楽しかったのだよ」
 
 満足そうにマガツヒノカミは言った。
 
「最後まで災厄は起こらなかったな。やはり、オレの力は偉大よ。あの忍にもきっちり言ってやらないとな」
「災厄なら全て我が引き受けたのだよ。我が君は平穏な日常を好むからな、致し方あるまい」
「おい。それでは、オレがいた意味がないではないか」
「まあまあ……。終わりよければ全て良し、だから」
 
 最後までぐだぐだだったが、これにてお伽番の今日の務めは終わった。
 その途端、マガツヒノカミは足早に何処かへ行こうとするので、アシヤドウマンは走ってその背中を追った。
 マガツヒノカミは意外に足が速く、術使いであるアシヤドウマンは息を荒げながらも付いて行く。
 本殿から離れ、森に入ったところで、マガツヒノカミは振り返った。
 息を整えながら、アシヤドウマンは文句を言った。
 
「き、貴様、速すぎるぞ。折角、オレが貴様を誘ってやろうとしていると言うのに」
「はは!苦労を掛けたな。だが、すまぬ、その誘いには応えられぬのだよ」
「ここまで、オレを走らせておいて、無駄骨だと?」
 
 八つ当たりをするアシヤドウマンとは対照に、マガツヒノカミは苦笑を浮かべた。
 
「それとお伽番の件だが、明日からは貴様に任せる。あと、我は少しばかり留守にするから、我が君には探さぬように伝えてくれ」
「それくらい自分で伝えるがいい。オレを使うな」
「そうしたいのは山々だが……。無理なのだよ」
 
 その時、アシヤドウマンは全身から汗が噴き出すような感覚に襲われた。
 指先が意志に反して震える。言い表せない不安が心を支配し、嘔吐を堪えた。
 しかし、目の前のマガツヒノカミは平静たる様子でただ「すまぬ」と言った。
 
「これが厄神の力だ。人の子である貴様は我には近づかぬことだ」
 
 マガツヒノカミは身を翻した。
 
「貴様との話は実に愉快だったのだよ。我の中の厄が落ち着いたらまた話したいと思うくらいに」
 
 そう言って、マガツヒノカミはまた早歩きで去っていった。
 その背中が小さくなればなるほど、アシヤドウマンの身体は元の熱を取り戻していった。
 
 
 
 *3/12
 
「主人(あるじびと)、明日もまた存分に愛を語り合おう」
「はい、お疲れ様でした」
 
 お伽番の務めを終え、アシヤドウマンが執務室を出ようとした時だった。
 片足を軸に身体が大きく揺れ動き、廊下へと思い切り叩きつけられた。
 主がこけてしまい、式神も不安そうにゆらゆらと揺れている。
 
「大丈夫?」
「心配いらないよ、主人。だから……あまり見ないでくれ」
「……ごめんね」
 
 無様な姿を見られたくないというアシヤドウマンに応じ、独神は素直に目を逸らした。
 その時戸になにやら光る物がついているのを見つけた。
 お伽番が痛みに堪えながら静かに去るのを待ち、それが何か触れてみた。
 それは髪の毛のように細い糸だった。かなりの強度があり引っ張っても千切れない。
 何故そんなものが入口に張っているのか。
 気になった独神はその糸を指先でなぞると、続く先を追った。
 角を曲がり、更に角を曲がり、真っ直ぐ進んで、また角を曲がり。
 
「……柱、か」
 
 糸は廊下の柱に括りつけられていた。独神は懐紙を出し、細長く折ると糸に結んだ。
 次の日には、糸共々無くなっていた。
 
 
 
 *3/13
 
 
「主人(あるじびと)宛に手紙が来ているぞ。個人から、それも貴族からか。最近多いな……」
 
 独神は礼を言って手紙を受け取り、即座に目を通しては唸った。
 良い内容ではない事は明らかだった。
 
「ねえ、ゴエモンを呼んできてもらえないかしら」
「ああ」
 
 卜占である程度当たりをつけて探しに行くと、すぐに連れてきた。
 
「お頭、諜報活動か?今日のオレ様は気分が良いからなんでもやってやるよ」
「ありがとう」
 
 そう言って、独神は束ねた手紙を一つ一つ目の前に並べていく。差出人が見えるように。
 先程アシヤドウマンが渡したものも含まれている。
 
「はは~ん、筆跡を真似て欲しいんだな」
「ふふ、残念、はずれ」
 
 わざとらしく手紙の一つを取り上げて独神は読みあげた。
 
「長くて婉曲な挨拶諸々を飛ばすと……配下の英傑は即刻天目茶碗を返されたし。と書いているわ。三度も」
「天目?どの天目かねぇ。そんな曖昧なもんでオレ様を疑っちゃいけねぇぜ」
「明記は避けたのでしょうね。けれどあなたがどんなものを盗んだのかは私の耳にはちゃんと入っているわ」
「法螺かもしれねぇぞ」
「大丈夫。同じ職の者なら情報も確実でしょ。聞いたわ。その界隈ではかなり称賛されたそうじゃない」
 
 ゴエモンは大声で笑い飛ばした後、溜息をついた。
 
「白旗だ。……チクったのはネズミか」
「最初に教えてくれたのはナリヒラ。一部の貴族で大騒ぎになったそうで、ヒカルゲンジも知っていたわ。
  その後確認でネズミコゾウに聞いたら、更に詳しく教えてくれたのよ」
 
 全てが筒抜けで、逃れようがなかった。
 潔くどがっと座ると、ゴエモンは腕を組んだ。
 
「こうなっちゃあ仕方ねぇ。煮るなり焼くなりしてくれ」
「じゃあ、盗んだものを返して」
「そいつぁ……無理だな」
「ふふふ……」
「へへっ……」
 
 お互い微笑み合った。押しも引きもなく事態は膠着する。
 今まで黙っていたアシヤドウマンが口を挟んだ。
 
「さっきから聞いていれば。貴様がさっさと出せば終わることだ。それとも力づくが好みか」
「お、やるかい?ただ、オレ様は普通の盗人とは訳が違うぜ。覚悟、してくれよ」
「はいはい。そういうのはいいから。ゴエモン、まずは正座」
 
 お説教の時間の始まりである。ゴエモンは素直に足を直した。
 
「私個人としては、盗みを否定しないし、肯定もしない。でも、独神としては立て続けの盗みは困るのよ。
  ネズミコゾウはどうなんだ、って思ったでしょ?彼は盗んだ物を即座に民に還元することで、糾弾から逃れているわ」
「ずりぃな」
「彼の場合結果的にそうなっているというだけのようだけれどね。
  さて、大泥棒のゴエモンさんは、高価なものを重点的に盗みに盗んで三十七件。一日平均三件。
  苦情数一日平均十数件。それらに関して私が謝罪で送った書簡の数、百五十六通。
  ……何か思う所はないかしら」
 
 まるで報告の様に淡々と数字を述べていく。怒ったようには見えない。
 しかし、いくら普通の顔で話していても、こういう時は抑えている分かなり怒っているのが通説である。
 
「すまねぇ……いや、申し訳ねぇ……御座いませんでした」
 
 空気を読んで謝った。実際手間をかけさせてしまった事は、本当に申し訳ないと思っていた。
 
「煮ても焼いても良いとの事だから、あなたの事は暫く目の届く場所にいて貰います」
「まてまて、主人、それはつまり……」
「ええ。お伽番になってもらうわ」
 
 あからさまにアシヤドウマンは嫌な顔をした。完全なとばっちりだった。
 
「了解。迷惑かけちまった分どんな雑用でもお任せあれ、だ」
「……まあ……仕方ない。不本意だが変わってやろう。オレが譲るのだからな、身を粉にして働いてもらうぞ」
「それがお頭の望みなら、砂でも粉でもなってやんよ」
 
 
 
 *3/14
 
 執務室に入るなり、討伐帰りのベンケイはぎょっとした。
 
「上様……。これはいったい」
「んー……展覧会。かしら」
 
 機能性を重視し、華美な物など一切ない執務室に、壁際一面に美術品が並べられていた。
 絵巻、屏風、蒔絵、茶器、焼き物、刀剣、彫刻、等価値が判るものからすれば喉から手が出る程欲しい逸品ばかり。
 
「私が言える立場ではないが……あまり趣味が良いとは言えないな」
「そうね。私も朝から落ち着かなくって……」
 
 心よりそう思っている独神は、執務用の机を斜めに配置し美術品が出来るだけ視界に入らないようにしていた。
 
「どうよ。オレ様が盗んだ数々は。豪華絢爛のギラッギラで絶景だろ」
「私は刀以外興味がない。それも自分が奪い取ったものでなければ意味がない」
「なんでぇ。つまんねぇなぁ」
 
 ゴエモンは戦利品を見ながらほくそ笑んだ。反面、独神は心なしか活気がない。
 こんなことになったのは、独神の命令が原因だ。
 ここ数日で盗んだ物を全て提出するようにゴエモンに命じた。
 すると、ゴエモンは「お頭の命とあっちゃあ、張り切るしかねぇな」と、素直に応じた。
 どこに隠してあったのか判らないが、出てくる出てくる宝の山。
 最初は盗品の数に呆れた独神であったが、運び入れの手が全く止まらず部屋の半分を埋め尽くした時には恐怖を感じていた。
 最終的には床に金銀が敷き詰められ、独神が安心できる領地は作業用机と愛用の座布団だけになった。
 
 来る者来る者、執務室の変わりように驚きを隠せなかった。
 
「ひええええ、主(ぬし)様!?きらきらになってる!」
「ああ、シラヌイ。お疲れ様。きらきらは……気にしないで」
「うん……」
 
「っ……主(あるじ)殿、これらは、わらわへの貢ぎ物か」
「そうだったら、喜んでもらえたんだろうけれど……。ごめんね、タマモゴゼン」
「なんじゃ、違うのか。つまらぬのう」
 
「これはまた、素晴らしい茶器だね」
「クウヤから見てもそうなのね」
「ただ……周囲が……少しばかり、騒がしい、かな」
 
「気持ち悪ぃ、なんだよこれ。ゴエモンの趣味だろ」
「おうよ。サイゾウにはこの凄さがわかんねぇか、かわいそうにな」
「かわいそうなのはお頭だろ。いつもより小さくなってンぞ」
 
「主(あるじ)さま、報告を……うっ、まぶしい。む、むり!引きこもりに帰ります!」
「太陽神さえ目がくらむなんざ、嬉しいねぇ」
「八百万界が闇に包まれなければ良いけれど……」
 
「京の大泥棒もとうとうお縄になっちまったのか?いいざまだな」
「次はオマエの番かもしれねぇぜ。なぁ、お頭、ネズミのもどうせ把握してんだろ。……やっちまうか?」
「……おれ、用事思いだした」
 
 そんな十人十色の反応を楽しむばかりで、独神は宝に手をつけず、ゴエモンに何かを言う事も無かった。
 言及したのは夜が更けて、お伽番の任務が終わってからだった。
 
「お疲れ様」
「お疲れ……なのは、お頭みてぇだな」
「……私は金銀に囲まれるのは苦手だわ。四畳半の自室が恋しい」
「折角の宝の山だってぇのに。お頭はしょうがないお方だぜ」
 
 弱い月の光を受けて尚力強く輝く金の力をもってしても、独神を動かす事は出来ないようだった。
 想像通りの反応が、ゴエモンには面白かった。
 
「それで、こいつらをどうすんだ」
「これらの盗品は、あなたが最もふさわしいと思う者に返してきて」
「オレ様の人選でいいのかい?後で文句言うのは無しだぜ」
「ええ。何も言わないわ。好きな人、好きな所へ返してきて」
「何度も言うが、本当にそれでいいんだな」
「いいの。あなたの盗みが活発になった理由もある程度見当はついているから」
「なるほどねぇ。じゃあ、答え合わせといこうか」
 
 独神は「判った」と短く答え、あれほど距離を取っていた財宝を一つ一つ鑑賞し始めた。
 
「現在、独神が八百万界を牛耳るような事を気に入らない者が一定数いるわ。
  その中でも私の出資をくすねたり、悪霊から保護した村から貢ぎ物を取り立てる者がいるとか。
  そうやって私腹を肥やしていたのに、大きな取引が始まる丁度前日に何故か盗みに入られたみたいでね。
  そんな事が何件も続いていると聞いているわ」
 
 有名仏師が制作した仏像を持ち上げ、ゴエモンに向かうように置いた。
 それは、独神がさっき説明したその人の宝物庫から盗み出したものだ。
 どうやら、本当に全てを把握しているようだとゴエモンは感心した。
 
「お頭も随分耳ざといな」
「色々と教えてくれる忍たちが優秀なだけよ」
「なら本当に好きに返して大丈夫そうだな。了解、心得た」
 
 運び出す気満々で身体を軽くほぐしていると、じっと見てくる独神の視線が気になった。
 
「どうした。言いてぇことがあるなら吐いちまいな」
「いえ……。随分あっさり了承してくれるものだから不思議で」
 
 思わずゴエモンは噴出した。
 
「そりゃ名残惜しいが、オレ様にはまだとっておきのお宝があるからな。
  まあ……それはまだ盗めてねぇわけだが」
「あなたほどの人でも盗めない物があるのね。泥棒は良くないけれど、頑張って」
 
 冗談ではなく本当に応援しているであろうことが、手に取るようにわかる。
 判るからこそ、ゴエモンは溜息をついた。前途多難である。
 
「……じゃ、ぱぱっとやっちまうぜ」
 
 部屋の財宝は一晩で消えた。何を誰に返したのかまでは独神は知らない。
 知らないが、いくつかの村々で金銀がばら撒かれるであろう事を予測していた。
 
 
 
 *3/16
 
 オノゴロ島は朝方曇っていたが昼餉が近づくにつれ、小粒の雨がぱらついていた。
 軒下では洗濯物がはためき、家畜たちは小屋の中で静かに過ごしている。
 昼餉が終わると雨足が激しくなり、町から帰ってきた英傑達は番傘を揺らしていた。
 こんな日は討伐に行った英傑達の帰りは遅くなるので、気を長くして待とう、と独神とゴエモンは執務室で静かに過ごしていた。
 
「主(あるじ)!」
 
 衣をぐっしょりと濡らして戸を開けたのは討伐帰りのスサノヲだった。
 外から縁側へ直接登ったのか、焦げ茶の水たまりがぼてぼてと出来ていた。
 それが執務室の中まで続く。
 
「おかえりなさい。雨で大変だったわね」
「見てくれよ!なぁ!オレ様なんか、変わった気がしねぇか?」
 
 独神の労いの言葉に被せて、スサノヲは胸を張って自身を指した。
 
「変わったところ……」
 
 じっくりと見ていると、期待に満ちたきらきらとした目で独神を見ている。
 これは外すわけにはいかないと、独神は静かに緊張した。
 
「どうにも、オレ様にはどこも変わったようには思えねぇな。面は今朝と同じに見えるぜ」
「顔じゃねぇ!それより下、いや全体だ!」
 
 ゴエモンの助け舟で、独神は合点がいった。
 
「スサノヲ、強くなったわね。なんだか……最後まで到達した、って気がするわ」
 
 自信げに言いながらも、独神はスサノヲの表情や眉根をじっと観察していた。
 少しでも不審な動きを見せたら、前言を華麗に撤回し誤魔化すつもりだった。
 スサノヲはそんな主を力強い眼力で見返した。
 そして、ふわっと笑顔になった。
 
「だろ?さっすが主!相変わらずオレ様のことよくわかってんな」
「ふふ、独神だからね」
 
 独神はほっと胸を撫で下ろした。
 
「ここまで強くなったオレ様なら、今度こそアネキに勝てるかもしれねぇ!
  ちょっくら行ってくるぜ!良い結果なら美味い酒くれよ!!」
 
 と、外へまっしぐらに走っていった。
 開け放されたままの戸から冷たい風がひゅるりと吹き込んだ。
 
「……行かせて良かったのか?」
「きっと、本人も判っているわ。……本当の限界は、まだ先だって」
 
 スサノヲが到達したのは仮の限界である。
 アマテラス、ツクヨミ、シュテンドウジ、ヤマトタケルが到達した限界を超えた力には達していない。
 更に言えばその中でも、己の姉たちと酒呑み鬼は限界を超えた後の限界まで至った者達だ。
 残念ながら、今のスサノヲでは、全く歯が立たない。
 
「お頭、予想通り荒れてるぜ。こりゃあの神さんはひでぇ折檻にあうに違ぇねえ」
「ええ……まあ、姉弟喧嘩のうちだから。自由にさせておきましょう」
「オレ様とお頭にとばっちりがないなら、良いんだけどよ……」
 
 この後、ゴエモンが心配した通り、執務室のど真ん中、屋根から床下まで一本の矢が刺さった。
 
 
 
 *3/17
 
「うー、なんか気に入らねぇ!」
 
 ずずいっとゴエモンに急接近してじろじろと見ているのは、天狗のコノハテングだ。
 距離が近すぎる、とゴエモンは両手でそっと引き剥がした。
 
「あんた人族だろ。なのになんで土とか火とか水とか、どばーって出るんだ?」
「そりゃオレ様が凄ぇからだ。良いだろぉ?」
 
 褒め言葉を素直に受け取り、ゴエモンは得意げに言った。
 
「う、羨ましくなんかない!ないけど、ずりぃずりぃずりぃ!」
 
 体躯の大きい天狗がまるで子供の様に駄々をこねる。
 子供に弱いゴエモンはついつい情けをかけた。
 
「そう言うがなぁ……オマエさんにだって長所はあんだろ?」
「まぁ……。人族と違って翼で飛べるし、なんなら天狗の中では速いし、腕力は自信あるし……」
「ちゃんと判ってるじゃねぇか。なら、術の事なんて羨む必要ねぇだろ」
「そうだけど……」
 
 コノハテングは納得することが出来なかった。
 
「一応、昔よりはマシになったんだ。
  いろんな奴が励ましてくれたし、主(ぬし)さまも今の俺が良いんだって言ってくれるし」
 
 独神を一瞥し、すぐにゴエモンに直った。
 
「でもそう簡単に劣等感って消えてくんねぇんだもん……」
 
 武芸者故に背筋をぴんと伸ばして姿勢が良いながらも、しょんぼり気を落としていると小さく見える。
 さてどうしたものかと、ゴエモンと独神は首を傾げた。
 
「お頭、ちょっと自信つけさせてやってくんねぇか。
  でっかい功績の一つや二つドカンと打ち上げちまえば、劣等感なんざ小さくなってるもんだ」
「そうね……。それなら大変なものが良いわよね。責任感が必要な無二の役割で、鍛えてきた拳を生かすような事……」
 
 困難な討伐は山ほどあった。
 拠点を作られてしまい、膠着している戦場。
 悪霊が暴れたことが原因で山が崩れ、土砂が流れ、一度壊滅し復興中の村。
 独神に懐疑的で悪霊と結託し、周囲に被害を与えている地域。
 どれも一筋縄ではいかない事で、達成に日数もかかるが、その分解決すれば充足感が得られるはずだ。
 
「お頭、あるじゃねぇか。たった一人しか任じられなくて、責任重大で、拳が生きる、ついでにお頭にも褒められるうってつけの役割がよ」
「なんなんだ!?精一杯頑張るから、俺に任せてくんねぇかな。絶対やり遂げて主さまを喜ばせたい!」
 
 ぽかんとしている独神に、ゴエモンはにんまり笑った。
 次の日、お伽番が交代した。
 
 
 
 *3/19
 
「主(ぬし)さま。飽きた」
「ん。んー……」
 
 お伽番のコノハテングにそう言われた独神は思わず頭を抱えた。
 部屋に籠る事は苦手なのだろうか、自然系妖は。
 
「あ、飽きたって言っても、主さまに飽きたとかそんなんじゃねぇから!」
 
 慌てふためいていて弁明しているが、勿論独神はそのようには思っていない。
 
「他の奴の報告聞いてると、早く悪霊倒さなきゃって思うのに、俺が倒しに行くわけにいかねぇし。
  つか、朝から話聞くばっかじゃん。指示ばっかだしさ、こんなんじゃ身体がなまっちまう」
「じゃあ、庭先で遊んでおいで。何かあれば声かけるから」
「それは駄目だろ。突然矢が降ってきた時、岩が飛んできた時、一車輪が飛んできた時、主さまを守れねぇじゃん」
 
 根が真面目なコノハテングである。
 そして、コノハテングが述べた出来事は全て実際にあった事で、順に、アマテラス、ミシャグジ、ワニュウドウによるものである。
 
「将軍!」
 
 声を響かせ廊下を軋ませながらやって来たのは血だらけのマサカドであった。
 すぐに駆け寄った独神の手を取り、どす黒い血がこびり付いた己の首へと押し当てた。
 
「制圧したぞ。全て、滞りなくな」
 
 興奮冷めやらぬ様子で始終肩を揺らして笑っている。
 血の衣を纏っている事から、大量の悪霊を斬ったことが判る。
 
「ああ、今回も、この首に刃を突きつけるような兵はいなかったぞ。
  大変退屈だったから、命令以上に斬ってやったわ。
  しかし、良かったろう。数が多くて手こずっていた場所だったからな。
  なんなら、特別な報奨を貰ってやっても良いぞ」
 
 狂気を身に纏った侍は今にも主である独神に斬りかかりそうだった。
 コノハテングは身構えたが、独神はいつも通り討伐帰りの英傑を労った。
 
「お疲れ様。無理なお願いを叶えてくれてありがとう。
  これであの一帯にも足を運べるわ。報奨は真剣に考えさせて頂戴」
「ふっ……その言葉、忘れるでないぞ」
 
 独神の手を放すと、踵を返しさっさと出て行った。笑い声だけが響いてくる。
 コノハテングは独神に駆け寄り手拭で手を拭ってやった。
 
「あーもう、やっぱ拭っただけじゃ血が広がっちまう。主さま、洗ってこいよ」
 
 返事も待たずに背を押しやるので、独神は素直に言う事を聞いた。
 建物外にある、手洗い用の水瓶で手を洗い、執務室へ向かうと、コノハテングが床を掃除しているのが見えた。
 
「全く、なんだよあいつ、頭おかしいんじゃねぇの。床、血だらけだっつの、ったく……」
 
 ぶつくさと文句を言いながらも、雑巾片手に一生懸命拭いている。
 部屋を拭き終え、今度は廊下へ拭き進めるとコノハテングは嫌そうな顔をした。
 マサカドは廊下を歩いてきたので、長い廊下にぽたぽたと血痕が残っていたのだ。
 そんな光景を見てしばらく、ぼうっと立っていたのだが、持っていた雑巾を足で踏みつけると、背中の羽で加速した。
 
「ははっ、これならすぐ終わるじゃん!」
 
 天狗の中でも俊敏さを誇るコノハテングが目にもとまらぬ速さで往復する。
 途中独神に気づき、嬉しそうに声をあげた。
 
「見て見て主さま。こうすると、すげーはえー!」
 
 声はすれども姿は見えず。凡人の目では捉えきれぬ速さだった。
 
「主さま!終わった!」
 
 コノハテングは得意げに言った。見ると、廊下は汚れる前よりも綺麗になっていた。
 
「ありがとう。お陰でとても綺麗になったわ」
「だろ?やっぱこのぐらい出来ないとな!じゃ、ちょっとこれ洗ってくるから!すぐ戻るから!」
 
 言葉通り、背中の羽を羽ばたかせて風の様に飛んでいった。元気な天狗である。
 独神はのそのそと座布団に座り、地図を広げてマサカドが制圧した地に印をつけた。
 これで、悪霊優勢の地がまた一つなくなり、戦局は新たな動きを見せるはず。
 知略に特化した者たちに伝えようと考えていると、廊下から「うわああ!」とコノハテングの叫び声が聞こえた。
 
「あんた怪我してんじゃん!すぐに俺が飛んで連れてってやるよ。
  は?報告?そんなの、治療中に俺が聞くって。お伽番なんだから。
  そんなぐちゃぐちゃな足で主さまのとこに行っても、どうせ治療を優先させられるだろ!
  ほら、行くぞ!どうしても主さまに直接言いたきゃ、俺が主さま引っ張って来てやるって!」
 
 すぐに羽が風を切る音がした。会話から考えると、霊廟に連れて行ったのだろう。
 様子を見に立ち上がると同時にコノハテングが羽を広げて執務室へ滑り込んできた。
 
「主さま!ちょっと来て欲しいんだけど!」
 
 背中の羽を羽ばたかせながら手を引かれ、神速の勢いで霊廟に連れられた。
 一室で、モモチタンバがアカヒゲによる治療を受けていた。
 
「主殿、ご足労おかけしてすまない」
 
 独神は思わず顔を引きつらせた。廊下で聞いた時に覚悟はしていたが、想像以上に怪我は酷かった。
 
「まずは聞いてくれ」
 
 悪霊たちの数や武器の情報、陣に攻め込む時に仕えそうな場所を淡々と無駄なく語った。
 
「……判ったわ。ありがとう。あの場所の担当はオモイカネだったわね。すぐに伝えるわ」
 
 立ち上がろうと片膝を立てると、コノハテングが制止した。
 
「主さまはここにいろ。俺、ちょっと行ってくるから!」
 
 返事も聞かず、さっと飛び立った。行動の速さに独神はあっけにとられた。
 今まで黙々と治療をしていたアカヒゲが「終わったぞ」と声をかけた。
 
「やることはやったが、暫くは安静だ。二度と歩けねぇ身体になりたくなきゃ絶対だぞ」
「すまない、アカヒゲ殿」
 
 安静にするようにと、もう一度念を押して、アカヒゲは退室した。
 部屋に独神と二人になると、モモチタンバは頭を下げた。
 
「主殿、此度の失敗いかなる処分も受ける次第だ」
「あなたはすべき事をした。処分の必要はないし、そもそもそんな制度は無いわ」
「……しかし、まだ調査すべき陣は沢山あるというのに、この様とは」
「責めないで。いいの。この機会にゆっくり身体を休めて。あなたは少し、働き過ぎよ」
 
 誰かに使われる事を生業とする者は総じて働きすぎる傾向がある。
 独神が忠告をしても、なかなか聞き入れない。悲しいが身体が動かなくなって初めて休めるのだ。
 
「……面目ない」
 
 モモチタンバは動けぬ己を恥じた。こうなると独神がどんな言葉をかけても届かない。
 だから、敢えて話題を変えた。
 
「コノハテングに運ばれてどうだった?私はあまりの速さに心臓が止まりそうだったわ」
「忍も速さには自信があるが、やはり天狗には勝てない。速さだけでなく安定性もあって、心より尊敬する。
  それと、コノハテング殿は少々押しが強いが、根っからの善人なのだな。
  治療も一人でするつもりだったが、連れてこられてしまった」
「彼はとても素晴らしい英傑よ。自信がないのが玉に瑕だけれどね」
 
 と言って笑うと、同意とばかりにモモチタンバも小さく息を吐いた。
 すると見計らったかのように、コノハテングが帰ってきた。
 
「主さま!……って、もうちょっと後で来た方が良かったか」
「いいや、報告は全て終了した」
「じゃあ、またあとで様子を見に来るわね」
「こう言ってんだから、大人しくしてろよ」
 
 部屋を後にし、二人は執務室へ向かった。今度は徒歩である。
 
「さっきは暇って言ったけどさ、暇な方が良いな」
 
 独神はコノハテングの横顔を覗き込んだ。
 
「ゴエモンが言ってくれた"でっかい事"なんて無い方が平和って事だし、怪我人だって出ないもんな」
 
 確かに目的の為に安易な事を言ってしまったと独神は思った。
 コノハテングは多少自己不信な面はあるが、自分の価値観に則って立派に地に足をつけている。
 独神が何かをしてあげる必要も、上から見る必要もない。
 もっと個人の能力を信じるべきだったと反省しながら、「そうね」と返事をした。
 
 
 
 *3/22
 
「本殿に来たばかりなのに、もう鍛錬か」
 
 新入りの視察の為に来たサイゾウは、エンマダイオウを見て驚嘆の声をあげた。
 
「ええ、いつ判決を下す時が来ても良いよう、備えております」
「ふうん。そうか」
 
 鍛錬中に話しかけても、相手に煙たがれて情報を引き出せなくなっては面倒だ。
 サイゾウはその場を離れ、遠くで鍛錬の様子を見張った。
 エンマダイオウは変わらず良い笑顔で笏を振っている。
 鍛錬が習慣づいていると言う事は、文官とはいえ甘く見ない方が良さそうだ。
 
「しっかし、根っからの真面目野郎なんだな……」



【完】
(20210919)
 -------------------
【あとがき】

 当時あまりに大変だったので三月で終わりにしました。
 大量にいる英傑たちは、独神がいようがいまいが楽しく過ごしている事でしょう。